梅雨の話


屋根瓦を打つ雨音が、本丸を満たしている。連日降り続く雨に、青空を見たのはもう、何日前だっただろうか。
「洗濯物が乾かないね」、と堀川くんが苦笑しながら乾燥機を回していたのを思い出す。お天気ばかりは空の気分だから、私にも、付喪神のみんなにだってどうしようもない。

「本格的に梅雨時期だね」
「風土としては理解しているけれど、こうも連日雨ばかりだと、流石に気が滅入ってしまうね」

朝起きたら錆びていやしないかと気が気でないよ、と笑う歌仙さんに、それ刀剣ジョーク? ってめっちゃ聞きたかったけど我慢した。
この時期は湿気が多くて体感気温も暑く感じるし、書類だって水気を含んでうまく書けないことも多い。いくら本丸が木造建築、畳や障子など水気を吸いやすい素材で出来ているとはいえ、こうも湿気が多ければ辟易する。湿気の作り出す特有の暑さに耐えきれず、へたっている刀剣男士もたまに見かけた。
あまり好まれないこの季節だけれど、私はわりと好きだったりする。

「私、こんなに綺麗に咲いた紫陽花見たの初めてかも」

ガラス戸越しに見える、離れに咲く紫陽花の花。鈍色の空から落ちてくる雨粒が、花の色を濃く見せ、どんよりとした景色に浮かんでいるようだった。

「ならば一朶くらい、部屋に飾るのも良いかもしれないね」
「いちだ?」
「紫陽花の数え方さ。花の付いた枝を纏めてそう数える」
「へぇ……」

晴れたら剪定がてら見に行こうか、と誘われ、私は二つ返事で頷いた。軒先には、みんなで作ったてるてる坊主がぶら下がっている。

「この様子だと、八つ時を過ぎれば雨は上がるだろうね」
「おっと、じゃあせっかくだし、久しぶりにおやつ作りでもしちゃおうかなー」
「おやおや、争奪戦が始まってしまうね」

あまり良い出来じゃないんだけどなあ、と言うと、君が作ったということが重要なのさ、と返される。そういうものかねぇ。
ともあれ、自分の食べたい欲に忠実にお菓子を作り、歌仙さんの提言通りプチ争奪戦が起きたものの、おやつの時間は楽しく過ぎて。

「なまえ。雨も上がったし、紫陽花を見に行かないかい?」
「あ、本当だ。雨上がって……おっ」

縁側へ出て空を見上げると、鈍色の雲がちぎれて青い色が顔を出している。久しぶりに青空を見たなあ、と思うと同時に、もう一つ、空を彩るものを見つけた。

「虹だー……! わあ、本丸で虹が見られるとは思わなかったなぁ……!」
「おや、本当だ。素敵な贈り物だね」

私の声に、一緒におやつを食べていた面々が縁側に顔を出して感嘆の声を上げる。兄弟や知り合いへと声を掛けにいった人もいるようだ。にわかに騒がしくなる本丸に、長雨もたまには悪くないと、私は笑った。
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