待っていた話


信濃くんが居た大阪城が閉じ、たかと思えば間を置かず戦力拡充計画である。政府も切羽詰まっているということだろうか。
……なんて真剣に考えてみたけれど、カレンダーを見ればなんてことはない、大型連休である。

「そうか、そうだよなあ、もう5月かあ……」

というわけで、数珠丸さん先行実装イベント、である。

前回、前々回と比べて、“人手(刀剣)を増やす”という事よりも、今本丸に居る刀剣たちの戦力を高める、という方向にも重きが置かれたようで、演習場での経験値も増えている。夜戦域もあり、短刀や脇差のレベルを上げやすくなり、まさしく戦力拡充、という印象を受けた。

「数珠丸さん、来てくれると良いねー」
「まあ、気長に待とうね、なまえさん」

天下五剣だもの、と笑うのは青江さんだ。同じ刀派と聞いていたし、最先行実装では残念ながらお迎え出来なかった。今度こそ、と思っているのだけれど、青江さんは無理はしなくて良いよ、と笑った。

「まあ、確かに会えたら嬉しいけれど、これからの長い休みは、なまえさんもこちらにいる時間が長くなるんだろう? 僕としては、きみと過ごす時間も大事にしたいんだよ」
「……っふふ、嬉しいこと言ってくれるー」
「いつもは夜の数時間しか会えないからね。きみに会いたくて仕方がない子はいっぱい居るのさ」
「青江さんも?」

どこか余裕を持って笑う青江さんに、ちょっとした悪戯心が沸いて、そう問い返してみれば、青江さんは軽く目を見張った後、黄みがかった瞳を細めた。

「もちろん。主とふれあえて嬉しくない刀剣男士は居ないよ、なまえさん?」
「……」

だからもっと、僕たちに触れてくれていいんだよ? くすくすと笑いながらの言葉は、完全にからかいの色を含んでいる。もう、とむくれてみせれば、青江さんはますます笑った。

「ごめんね、なまえさん。でも、本心だよ。もっと、僕たちを使ってくれて良いんだよ」
「……うん」

どうしても高レベル帯での戦闘が続くと、頼る面々が決まってくる。なかなか戦場に出してあげられない人たちも居て、青江さんもその1人だった。

「うん、せっかく夜戦があるんだしね、ばんばん出陣しようか、青江さん!」
「おや、嬉しいなあ」

楽しみにしているね、と笑んだ青江さんは、そのまま出陣していた部隊の帰還を教えてくれた。彼を連れて、門の方へ向かう。玄関戸を開ければ、歌仙さんが私の名前を呼んだ。

「お帰りなさーい」
「ただいま。青江も近侍ありがとう」
「たいしたことじゃないさ」
「なまえ、ただいま! ボス倒してきたよ!」

きらきらと笑顔を浮かべて報告してくれるのは、隊長に任命している清光くんだ。後の面々は、初期刀歌仙さん、同じく第一部隊の最前線で戦ってきた、初脇差堀川くん、三条大橋攻略部隊の骨喰くん、鯰尾くんという、いずれもカンストした4振りに、今回は山伏さんを加えている。脇差と打刀にはフルで遠戦刀装を付けた、高速槍対策の数珠丸さん捜索部隊だ。

「うん、お疲れ様! 怪我もあまり無さそうだね。力ついてきたねえ」
「えっへへーそうでしょー?」
「山伏さんと鯰尾くんは、怪我は大丈夫かな?」
「何、心配召されるな、なまえ殿。これくらい、些細なものだ」
「そうそう、軽いもんですよー」

清光くんに正直な感想を言えば、頬を赤く染めてはにかんだ。うん、可愛い。
少しばかり怪我の見える2人に聞けば、朗らかな笑顔が返ってきて、大丈夫そうだと安心する。軽傷とは言え、怪我をしている……本体にダメージが入っていることに変わりはない。手入れついでに少し休憩を取ってから、次は夜戦の方に行こうか、とこれからの計画を練っていると、清光くんが「なまえっ」と弾んだ声で私を呼んだ。

「どうかした、清光くん?」
「ふふ、なまえに、とーっても大事な、お知らせがありまーす」
「大事なお知らせ?」

おや、なんだろうねえ、と隣の青江さんが唇の端を釣り上げた。そういえばさっき、ボスを倒したと言っていたし、まさか……?
私がこくりと喉を鳴らすと、清光くんは少しだけ眉を下げて、でも緩く笑って言った。

「なまえ、ごめんね。期待してるところ悪いけど、数珠丸さんは見つからなかったよ」
「ああ、いやいやそれは大丈夫だよ。今回イベント期間も長いし、ゆっくり探せばいいって」

少しばかり残念な気持ちも無いではないが、探している相手は天下五剣。そう簡単に見つかるものでも無いだろう。しかし、じゃあ清光くんの大事なお知らせとは何だろうか。
清光くんはうん、と頷いた後、でもね、と逆接の言葉を繋げてきた。

「じゃーん! これ、何でしょうっ」

笑顔で差し出された、清光くんの両手に乗せられた、一振りの刀。長さは、太刀くらい。
それが何を意味するのか、しばらくは、飲み込めなかった。

清光くんは、数珠丸さんではない、と言った。けれど、これは太刀だ。数珠丸さん以外に、このイベントで新しく実装された刀剣男士の話は聞いていない。だが、彼の手には見覚えのない太刀がある。
私の本丸に 居ない太刀は 数珠丸恒次を除けば 一振り。

「──まさか」

慌ててその太刀を受け取り、息を止めて力を込める。顕現の先触れである、桜が、舞い上がって。

「どうも、すいまっせん。明石国行言います。どうぞ、よろしゅう。まっ、お手柔らかにな?」

淡く透ける、宵色の髪。眼鏡の向こうには、満月色の瞳。学ランを緩く着こなした、特徴的な方言、は。

「あかし、くにゆき……」
「そうです、俺が明石国行ですわ。……あんたが、主さんでよろしいんでっしゃろか?」
「あっ、はい!」

そんじゃまあ、一つよろしゅうたのんます。言葉と一緒に降ってくる、柔らかな眼差しが、じわじわと、実感を植え付けていって。

「──っ、よろしく、よろしくお願いします! ずっとあなたを待ってたの!」

思わず彼の手を取って力強く握った。明石さんは、私の急な行動に驚いたものの、柔らかな笑みを浮かべる。

「ははっ、自分、やる気が無いのが売りですけど、そんなに求められると、悪い気はしまへんなあ」
「うーんまあ来たからには働いて貰うけどまあ今日はそれよりも! 待ってたんですよ、私もだけど」

愛染くんと、蛍丸くんが。そう告げた時の明石さんの表情は、とても自然な、穏やかな笑みだった。
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