星に願いを



うだるような暑さ最高潮の午後二時。七月の初めだというのにこの暑さはどうなんだ。地球温暖化かそうなのかコノヤロー。
拭っても絶え間なく流れる汗がいい加減うざったく感じられるが、それが夏なのでしょうがない。汗に奪われる水分を補給しようとキッチンに行く途中、卓上に無造作に置かれた紙片が目に入る。
適度な大きさの長方形。短い辺の片方には紐が括り付けられている。

「短冊…。そっか、七夕イベント…」

七月七日。世間一般のラッキーナンバーが二つ。今日は星夜のお祭りだ。


7th. 星に願いを


クーラーの入っていないリビングで短冊片手に唸ってみる。願いを書いた瞬間リボーンに奪取されるなんてオチも無きにしも非ずなので、下手な事は書けない。
そもそも私の願いは何だろうか。復活世界にトリップという有り難さ7:有り難迷惑さ3くらいの願いは既に叶っている。じゃあ、ツナと付き合えますように?…いやいや、そこまでおこがましい事は考えてない。私はツナの隣にいられるだけで十分幸せだ。
…とそこまで考えて、一つの願いが浮かぶ。近くにあったボールペンでさらさらと願いを書いて、納得。うん、この願いが一番叶えてほしい。

「書けたようだな」
「リボーン!」

振り返ると足元に赤ん坊。唇の端を持ち上げて、にっ、と不敵に笑う。

「三時から公民館で七夕大会をやるぞ。解ってるとは思うが、出し物必須だからな。準備しとけよ。それと、遅れんなよ」
「了解」

私もにっと笑って返してみた。



公民館に行くと、どうやら私が一番最後だったらしく、リボーンにこれで全員揃ったな、と言われた。ツナが着いてたのはちょっと意外だったけど、ゆうこが来ていたことは意外なことでも何でもない。予定調和の不変の真理、なんちゃって。

「あ、なまえちゃん!なまえちゃんも出るの?」
「うん。願い、どうしても叶えてもらいたいからね」

私に気付いたツナが声をかけてくれる。質問に答えると、ツナに意外な顔をされた。私が本気になることって滅多に無いからかな。
…まー原作どおりに行けばツナには勝てないんだけども。

「はひ?ツナさん、その子は誰ですか?」

ほんわりツナと和んでいると、少し離れたところでゆうこと話していたらしいハルちゃんと了平さんがこちらに気付く。軽くお辞儀とともに「ゆうこの幼馴染みのなまえです」と言えば、ハルちゃんと了平さんも自己紹介をしてくれた。

「なまえちゃんはゆうこちゃんの幼馴染みなんですね!ところで…」

声を潜めて耳打ちをしてくるハルちゃん。何か真剣な話か、とごくりと息を飲めば、

「ゆうこちゃんのお願い、解ります?聞きたくて仕方ないんですけど、ゆうこちゃん教えてくれないんです」


……うん、事情は分かったからあからさまに耳そばだてるなよ山本と獄寺。て、了平さんあんたもか。
当事者のゆうこはリボーンと和んでいるのが、ああもうこのやろうお前の事なんだぞゆうこ何とかしなさい自分で!
心の中で叫んでも声は届かない。…当たり前か。

「ええと、私今ゆうこに会ったから解んないや。ごめんね」

やんわり断りを入れてみると、がくりと肩を落とす四人。知りたいなら本人に聞きなさい。勇気だして。

「そろそろ始めるか」

リボーンのその一言に、助かった、と人知れず息を吐いた。



ステージ上では山本くんがジャグリングを披露している。ステージ袖でそれを眺めながらも気を配るのは我が友人。

「ゆうこ、着替えた?」
「ばっちし!」

そういって出てきたゆうこは鮮やかな着物を着ている。ゆうこが披露するのは日本舞踊だ。一度見せてもらったことがあるが、なかなか巧い。日本舞踊ならお年寄りにも受けるだろう。

「ところでなまえは何するの?」
「ああ、私はね、」

持ってきたトートバッグから一冊の本を取り出す。これ、家にあって良かったー。

「物語の読み聞かせ?」
「そ。因幡の白兎(イナバのシロウサギ)のお話。昔話ならいけるかな、と思って」

にっこり、笑ってみた。



了平さんとランボ君の出し物の後に、ゆうこの出し物、それから私の出し物だった。私の願いはハルちゃんに伝えられてなかったのか、読み上げられなかった。まぁ、安心していいのやらそうでないのやら(ツナみたいにリボーンに改竄されている可能性が否定できないので恐い。まぁあれを改竄したところでリボーンに何の得があるのかは解らないからその可能性は低いだろう)。得点はゆうこが上々、私は惜しくもそれに届かなかった。けれど楽しんで頂けたみたいなのでよしとしよう。
その後イーピンちゃんに獄寺とツナ。結果は原作どおりにツナ達の満点勝利。ツナの願いはやっぱり「京子ちゃんと結婚する」だったのかなぁと、ツナとリボーンの口論を眺めながら考えた。この位置から二人の声は聞こえない。



公民館から各自自宅に帰るのは、綺麗に二手に分かれた。私、ツナ(イーピンちゃんとランボ君も)、ハルちゃんのグループと、山本くん、獄寺くん、了平さんにゆうこのグループ。
公民館入り口前で手を振って別れる。ゆうこと同じ組の男三人の顔がいつもより優しげなのは、やっぱりそういうことである。




「ハルはここでお別れです。ツナさん、今日は楽しかったです!」

途中の四つ角でハルちゃんと別れ、ここから先は沢田家経由で帰宅するのみだ。
疲れたー!と伸びをするツナに思わずくすりと笑いが零れる。

「お疲れ、ツナ」
「うん、なまえちゃんも、お疲れさま」

お腹が空いたのか先を行くちびっ子二人。私たちとちびっ子達との間には声が聞こえるか聞こえないかくらいの距離がある。
ふと空を見れば満点の星空。後片付けを手伝っていたら、いくら長い夏の日といっても地平線に沈んでいて、宵闇に浮かぶ星々が、今日は七夕であると主張せんばかりに輝いている。特に天の川はよく解って、あれが織姫と彦星なのかなぁと見当を付けてみたり。

「今日…晴れて良かったね!」

隣からの声に視線を空から降ろすと、そこには今まで私がしていたように空を見上げるツナが居た。普段は意識して見ない星空に感動してるのかもしれない。

「そうだねー。…でも、曇ってても良かったかな」
「え…?」

せっかくの七夕なのに?そう聞き返す声に七夕だからだよ、と返した。

「七夕って、織姫と彦星が逢える一年でたった一度っきりの日でしょう?」

一年越しの再会は、恋い焦がれる二人っきりで。

「だからさ、雲の上で二人っきりのデートさせてあげたいじゃない?」

でも、ずっと二人っきりも寂しいから。

「で、晴れたら、二人の再会を祝福して」

自分の願いより、二人の幸せを。

「私たちも、二人のように幸せであれますように」

どんなに遠くに離れても。君に逢いに行くよ、と。


「……なーんてね!」
「なまえちゃん…」

ちょっとロマンチックすぎるよね、と自嘲してみる。そんなこと無いよ、と暖かい声が返ってくる。

「そうだよね、一年に一度、大好きな人と会えるんだもんね、」

二人っきりのデートとかしたいんだろうなぁ、と空を見上げて。

「…………俺も、」

たった年に一度の逢瀬でも、想い褪せることの無い恋ができますようにと。
輝く星に、願いを。祈りを。


「……なまえちゃん、うちでご飯食べていかない?」
「いいの?」

でも今は、

「うん!全然構わないよ!」

想い焦がれる人が隣に居るから、

「…じゃあ、お邪魔します」

この願いは、自分の手で叶えてみせる。



自然と繋がれていた手の温もりが、心地よかった。






(願わくば、ツナの隣にずっと居られますように)

(願わくば、なまえちゃん達がずっとこの世界に居ますように)


星夜のお祭り、星に願いを。






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