知っていく話


不動くんも、特がついてしばらくになるけれど、未だに自分を役立たずだと言っているのを聞くことがある。確かに、彼を大事にしていた信長公を、彼が救えなかったのは、歴史的事実であり、これからも覆ることは決してない。だからといって、不動くんは役立たずじゃないよ、と声を掛けたとしても、根本的な解決ではない。
というわけで。

「飲もうか、不動くん!」
「は?」

甘酒の瓶を傾けかけた不動くんに、私は高らかに宣言した。

「……あんた、どういうつもりだよ」
「んー、まあ、ちょっと不動くんとお話ししたくなりまして」
「はん、こんなダメ刀にする話か……説教か?」

かちゃり、ガラス同士がぶつかる音が涼やかに響く。乾杯もそこそこに本題を切り出す不動くんに、おっこれはこっちも容赦要らないな? と唇の端を持ち上げた。

「いいや、時々不動くんが言ってる、そのダメ、ってやつについてお話ししたくてね」
「……ダメ刀はダメ刀だろ。……主に愛された分を、返すことが出来なかった」
「うーん、して貰った分を返せなかったことが、つまりダメだと?」

言って、私はグラスを煽る。アルコールがじわりと喉を焼き、気分がふわふわとしてくる。隣を見れば、不動くんは眉間にしわを寄せて、私を睨んできた。

「俺は、信長公が酔っても歌うほど大切にされた。なのに、信長公を助けられなかった。何もできなかった。……ダメ刀以外の何でも無いだろ」
「大切にして貰ったのに、何もできない、か。でも、不動くんの理屈で言うなら、私はダメ審神者になるねえ」
「はぁ?」

不動くんを見やれば、顔にでかでかと、何言ってんだこいつ、って書かれてた。言葉にしなくても、表情が語っていた。うんうん、なかなかのリアクションだ。不動くんは甘酒をちびりと口に含んだ後、睨み付ける眼差しの鋭さはそのままに、刺々しく言葉を吐いた。

「あんた、審神者なんだろ。ダメな主なら今頃謀反でも起こされてるんじゃないのか」
「謀反はともかく、毎日戦ってくれている刀剣男士のみんなに、私がしてあげられる事って、実はほとんど無いんだよね」

怪我した刀剣男士の手入れがそうでないのかと言われても、私が出来る事なんて資材を渡すくらいで、あとは式神がやってくれる。
進軍指示にしても、陣形を選ぶのは、部隊長が全て把握していれば私が問題ない。そもそも6つしかないわけだしね。道が分かれていても、サイコロを振れば行き先は決まる。怪我の具合で進軍するかどうかを決めるのなら、本丸からただ指示を飛ばすだけの私よりも、実際に戦場で戦っている彼らの方が、よっぽど自分の調子には詳しいだろう。
鍛刀は手入れに同じ。刀装は彼らが自分で作れるし。内番や進軍・遠征計画だって、ここには1年以上いる刀が大半なのだから、私が居なくても何とかなるだろう。

「と、考えると、私がこの本丸で出来る事って、せいぜい刀剣男士の顕現くらいなんだよね」

それだって、今いるみんなの働きに答えているかと言われれば、そんなことはない。
私自身、遡行軍と戦えるでも無し、特別歴史や刀剣に造詣が深いわけでもなし。戦の知識が秀でている訳でもない。

「じゃあ何で、審神者って居るんだろう。わざわざ本丸という場所を作って、刀剣男士を審神者と一緒に生活させる理由って、何だと思う?」
「……、……」

意地悪いのは、理解していた。それでも不動くんに尋ねると、彼は視線を甘酒の瓶に落として、黙り込む。眉間のしわは浅く、頬の赤らみも少し引いているように見えた。真剣に考えてくれているんだろうな、と思うと、自然と小さく笑みが浮かぶ。

「……なんで、だろうな。俺には分からねえよ」
「それはもしかしたら、不動くんが身体を得たばかりだからかもしれないね」
「……?」

きょとんと、いつもは釣り気味の目が丸くなり、ぱちぱちと瞬く。なんだか年相応の表情に見えるなあ、と思うと、頭を撫でたくなったが我慢だ。

「人間と一緒に生活する意味はね、私が、審神者としてこの本丸に居る意味は、彼らに、何かを返すためじゃなくて。君たちに、人であることを教えてあげられるからじゃないかなあ、と思うんだよね」
「人で、あること」

オウム返しに尋ねてくる不動くんに、私は頷く。不動くん、と彼を見て、空いている手で彼の持つ瓶を指差した。

「甘酒は、美味しいかな?」
「!」

一瞬見開いた目は、甘酒に落ちる。美味しい、と、言葉を音にしただけの呟きに、私は頷いた。

「歌仙さんや光忠さんの作るご飯は美味しいでしょう? 長谷部さんと任せられた畑仕事は、きつかったでしょう? その後、短刀のみんなと入ったお風呂は、気持ちよかったでしょう? ……眠ることは、安心するでしょう」
「……!」

どれも、彼がこの本丸に来て体験したことだ。正しく言うならば、「彼が人の姿を得て体験したこと」だ。呆然とする不動くんの手を取り、ゆっくりと握り込めば、彼はおずおずと握り返してきた。うん、こんなにも。

「人は、温かいでしょう?」
「っ……」

楽しかったり、大変だったり。刀の姿でも思うことはたくさんあったかもしれない。彼が、自分をダメ刀だと言うように。

「でも、今人の姿があるってことはね、強くなれるって事だよ、不動くん。きみ自身が、戦えるんだから」

誰かに振るって貰うばかりじゃない。自分で、戦える。そうでしょう、と伝えると、不動くんは顔をくしゃりと歪ませた。

「あんた、ほんとうに……、なんなんだよ」
「人間だよ。ずっと、長く人間を見ている君たちよりも、この肉体にちょっと詳しいだけの」
「……っ」

そうかよ、と零した彼の声は震えていた。けれど、刺々しさは、すっかり抜けきったように、聞こえた。

「なあ、……なまえ。だったら、あんたが教えてくれよ。ダメ刀な俺でも、この、人の身体ってやつで、出来ること、もっとさ」
「勿論。きみが出来ること、もっともっと、教えてあげるよ、不動くん」

だから明日からもよろしくね。緩やかに、繋いだ手に力を込めれば、不動くんも同じように返してくれる。あーあ、明日から大変だろうなあ、なんて、憎まれ口も、私には嬉しそうな声に聞こえてしまうのだ。
- ナノ -