お疲れ様の話


その後いくらも待たずに、門が開いて担当さんたちが来てくれたことを、一期さんと五虎退くんが教えに来てくれた。ホイホイ立ち上がろうとしたら、薬研くんに良い笑顔で右腕掴まれて座らせられた。うん、こっちに案内するから私は座ってろってやつだね? おっけーおっけー。あの、一期さん五虎退くんを見張りみたいに置いていくの止めましょう? 大丈夫ですって動きませんってー!!
まだ左腕が持ち上がらない、というか襲撃を受けて一時間も経っていないので、治るどころじゃないのだが。まだ若干血が出て包帯に染み込んでる。

「あの、なまえさん。いち兄も、なまえさんが心配なんだと思います……」
「つうか、本丸の中で主に血を流す怪我をさせたってんで、俺らも少なからずへこんでんだ。これ以上、俺たちに余計な心配させないでくれや」

沈んだ声で言われれば、反論などしようがない。むしろ、あの場で勝手に書庫に踏み込んで怪我したのは、私に危機感が無かったからだ。とはいえ、木蓋のひびを見て手を離したのは正解だったと、歌仙さんに言われた。あの時壺が傾いたから、当たり所が肩で済んだようだ。もし手を離さなければ、初撃で致死攻撃だっただろうと言われてぞっとした。血の気が引いた。いやこれ以上血が引いたら貧血になるね?
ともかく、二人にも言われ、私も怪我が治っていないので、大人しくお茶で喉を潤しながら来客を待つ。一期さんに案内されて応接間に顔を出したのは、担当さんだった。
まずは無事であることを喜ばれ、それから怪我を見つけられてものすごい狼狽えられた。

「大丈夫ですよ、そんなに酷くないので」
「まだ血は止まってねぇだろ、大将」
「ああああ薬研くんちょっとお口チャックしよ?」

担当さんに心配かけたくなかったのに。慌てる私と、じとりと睨め付ける薬研くんを見て、担当さんは、ともかく無事で良かったです、と苦笑した。

「修繕については全面的にこちらのほうで手配させて頂きます。事態の収束確認のために、他本丸の審神者が本丸に入りますが、その点はご了承頂きたく」
「あ、大丈夫です。むしろよろしくお願いします……!」

どうやら他の本丸から、詳しい人を連れてきてあるらしい。専門職の人がいるなら、そっちにお任せした方が良いに決まっている。元凶らしきものは倒したけれど、それで本当に全て終わったかって聞かれると、私じゃ分からないところもあるからなぁ。
さて、と一息入れ、担当さんが話し始めたのは、この結界騒動にまつわる事態の顛末だった。


今回の結界騒動、外部に連絡が一切取れなくなる、という事態は、実はあちこちの本丸で起こっていたらしい。なにも、私の本丸だけではなかったのだ。いや、他にも同じ状態の本丸があるってすごくやばいのでは、と思うのだが。

「先日、とある本丸が、外部との連絡を一切絶たれてしまった状態になったこと、そこの審神者が事態を解決し、こういう事例があった、と報告が入りました。他に被害が出ていないか、全ての審神者に確認をすべきである、という意見により、こちらから担当する本丸全てに連絡を取る指示が下されました。自分の持つ本丸の中でも、こちらを含めて三件、連絡のつかない本丸がありました」
「三件、も」
「はい」

三件全て、報告された事態と同じ状況に陥っているのだろうと考えられ、どうにかして連絡を取る手段を模索していたらしい。そこに、うちのこんのすけから連絡が入り、専門の人を連れてうちに来たのだとか。道理で早い到着だったわけだ。

「他にも解決されたという報告はいくつか上がっており、対策も近日中に告知されると思います」

例を挙げるならば、青江さんが見つけたヒトガタなどは、見つけ次第切れとか。確かに、私もあのヒトガタを見つけたけど何もしなかったからなぁ。もしあの時斬っていれば、香炉の結界は完成せず、あの壺を見つけるのも早かったかもしれない。

「目的は、経験されたあなたに言うことでもないかもしれませんが、刀剣男士と審神者です」
「……、まあ、でしょうね」

どうやら、刀剣男士と、それを呼び起こす審神者の両方を一気に潰そうぜ! という作戦ではないのか、というのが目下の見解だそうだ。首謀者は未だに見つかっていないので、推測でしかないのだが。

「未だ連絡のつかない本丸も多々あります。怪我の治療が終わりましたら、一連の事態について報告をお願いします」
「わかりました」

ちょうど話に一区切りついたところで、他本丸の審神者さんが顔を出しに来た。彼を案内してくれたのは、愛染くんだったみたいだ。
担当さんは、専門家の人から報告を聞き、全てが片付いていると教えてくれた。良かった。壺の欠片や香炉、札などは対策のために持ち帰るそうだ。
本丸の見聞も終わったので、これからすぐに状況を報告しに戻るらしい。確かに、まだ解決していない担当本丸がある中、いつまでもここに担当さんを留めておくのも忍びない。

「それでは、お大事に」
「はい、ありがとうございます。お見送りできずすみません」
「いえ、構いませんよ」

一礼して、担当さんは部屋を後にした。帰りも一期さんが案内してくれるようだ。
閉じられたふすまを見て、一連の出来事を思い返す。色々あったが、たった二日間の出来事だ。随分と濃い週末を過ごした。怪我人が私だけなのは、喜ぶべきだろうか。いや、そんなことを言えばまた薬研くんに怒られてしまうな。

「とりあえずなまえは、帰る時間まで養生してくれ。俺たちの目のないところで勝手に動くなよ」
「足は無事だし動くくらい……いやはい、何でも無いです、じっとしてます」
「よし」

もし勝手に動いたら歌仙の旦那呼ぶぜ、なんて言われれば動くに動けないではないか。愛染くんも五虎退くんも苦笑している。

「ま、広間の修繕が終わったら、こたつでのんびりしようぜ! 八つ時には修理終わるってさ!」
「わぁ、じゃあ僕、なまえさんにおやつをあーん、ってしてあげますね!」

広間に行くくらいなら大丈夫だろー? まあ、誰かついてくれるならな、という愛染くんと薬研くんのやりとりを聞きながら、五虎退くんの申し出に思わず天を仰ぐ。全く今日もうちの子たちは天使である。
しかし修理終わるの早いなぁ、連絡入れたの昼過ぎくらいだったと思うんだけど。亜神域だからかな。
とりとめのないことを考えつつ、全てが解決した本丸の午後は、なんだかゆっくりと過ぎていく気がした。


「じゃあなまえ、体調が優れないようなら、明日は無理にこなくても良いからね」
「ゆっくりむこうで療養してね、なまえちゃん」
「うん、歌仙さんも光忠さんもありがとう」

お見送りに来てくれた歌仙さんと光忠さんからも気遣う言葉を貰い、照れくさくなりながらもお礼の言葉を返す。
包帯の巻かれた肩を、服の上から撫でてみる。実は、もう痛みはほとんど無い。
お風呂上がりに確認したら、傷跡もほぼ塞がっていた。ちょっと薄気味悪くて、部屋にこんのすけを呼んで、流石に治るの早すぎるんじゃないかと尋ねたら、「元凶が倒され本丸の空気が清浄に戻ったので、その影響では?」と首を傾げられた。そんなものなのだろうか。
若干気になるが、治って不便なことはないし、あまり追求しないでおく。

パソコンに向き直り、こんのすけに手伝って貰いながら帰還コードを打ち込む。なんども体験した、奇妙な浮遊感が来て、確かにちゃんと、外と繋がっているのだと、帰れるのだという事実を噛み締める。

「……行ってらっしゃい、なまえ」

歌仙さんの言葉が背中に投げられる。返事をする前に、私の身体は見慣れた自室に戻ってきていた。

「……、帰って、これた」

旅行に行っている家族の帰宅はまだのようで、家の中に明かりはない。左腕をぐるぐる回してみれば、微かな痛みは残るものの、問題無く動く。明日からの仕事にも支障はないだろう。
手早く寝間着に着替えて、ぼすりとベッドに倒れ込む。昨日もきちんと寝たけれど、今日も朝から大変だったし、疲れが溜まっているようだ。
歌仙さん達にも言われたし、しっかり休んで、体調万全にして、また、本丸に行こう。今度はゆっくり、何事もないいつもの本丸で、たわいない話をしたい。
布団の柔らかさに誘われるように、私の意識はゆっくりと溶けていった。

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