緊急任務の話.05


壊れた香炉から出てきた、4枚の札。顔をしかめる青江さんに、そんなに危ないのかと尋ねれば、危ないというより、厄介なんだよ、と返ってきた。

「普通の札じゃないね、呪具だ。一度動き始めたら、止めるのが難しい」
「呪具……?」
「さっき、石切丸も言っていただろう? 結界とは、囲むものだ、ってね。だから香炉も、書庫を囲むように配置されていた。けれど、香炉を動かしても結界の解除はされていない。つまり、書庫に結界が張られてしまった以上、この札はどこにあっても結界を張り続けるのさ」
「札自体にも、攻撃を耐える仕掛けがしてあるようですね」

青江さんの言葉に続くように、太郎さんが言った。恐らく我々の刀でも切ることは出来ないでしょう、と。

「えっ、ど、どうしよう、カンストのみんなでも切れなかったら、呪具はずっとこのまま?」
「いいや、そんなことにはさせないよ。この呪具にだって、破壊方法はある」

不安になっておろおろとしていると、石切丸さんがとても頼もしい言葉をくれた。彼の表情はしっかりと笑みを形作っていて、自信に溢れている。

「術式というのは、とても繊細なものでね。線の一本でも間違えていれば発動しない。つまり、上書きしてしまえば、術式は効力を失う。……ただ、この呪具の術式は相当強力なものだから、こちらもしっかりと準備をして上書きしないと、簡単には破壊できないだろうね」
「えっと、つまり、準備さえ出来れば、破壊できる……?」
「もちろん。出来るよ」

石切丸さんからのお墨付きを貰い、私は安堵に胸をなで下ろした。まだ、手詰まりじゃない。出来ることはある。よし、と気合いを入れたけれど、石切丸さんは私を止めるように苦笑した。

「なまえさん、頑張るのはいいけれど、もう時間も遅い。それに、札が破壊されたのを気付かれて、何かしら別の攻撃を受けるかもしれない。ここは一度休みを取って、また明日、朝からにしよう」
「でも……」
「焦る気持ちは分かるけれど、疲れていて本来の力を発揮できなかった、なんてことにはなりたくないからね。解決のためにも、君を守るためにも。ここは一度、睡眠時間を取るべきだよ」
「……うぅ、そうする」

確かに、もう少しで日付も変わるだろう。夜更かし平気、と言える歳でもないし。睡眠不足は判断力を低下させる。石切丸さんの助言に従って、各々睡眠時間を取るということにした。それでも何人かは交代で夜の見回りをしてくれるみたいだ。無理だけはしないこと、何かあればすぐに起こして欲しいことを伝え、私は自室へと戻る。いつもは寝心地の良いはずの布団の生地が、今だけは少し煩わしく感じられて、私はぎゅう、と目を瞑った。


翌朝、緊張で眠りが浅かったのか、起きたときはまだ外は薄暗かった。緊張すると眠れなくなるのはもう癖のようなものか、と思いながら部屋の時計で時間を確認して、私は飛び起きた。朝の6時半。いつもならうっすらと明るくなっていてもおかしくない時間なのに。結界の作用だろうか、開いた障子戸から見上げた空は、夜のように暗いままだった。
素早く着替えて広間へ向かう。まだ朝食の準備中のようで、厨からはお味噌汁の匂いが漂ってきていた。驚く当番のみんなに声を掛けて手伝わせて貰う。朝食を食べ終われば、本格的な再開だ。
4枚のお札を机に並べれば、石切丸さんが小さな器と筆を隣に置いた。器の中には、朱墨が入っている。

「さあ、なまえさん。これで思いっきり、上書きしてくれるかな」
「えっ、私?」

こういうのは、石切丸さんか、太郎さんがやった方が良いのでは、と聞けば、私たちを呼んだのは君だからね、と微笑まれた。

「大丈夫です、気負うことはありません。強く、壊れろと念じて一筆書きこめば、大丈夫ですよ」
「ほ、本当に大丈夫?」
「はい。大丈夫です」

太郎さんの力強い肯定に、不安は和らぐ。念のため、両隣に愛染くんと厚くんを控えて、私は筆を執り、穂先を朱墨に浸した。筆がお札に触れると、ばちりと火花が弾けるような音がする。肩が跳ねたが、「ただの拒絶反応です、気にせずに」と言葉を貰い、改めて札に向き合う。思い切り、強く、壊れろと念じて。
筆の正しい使い方なんて気にせず、べしゃりと、穂の全てを寝かせて札の上部に付ける。そのまま勢いよく、筆を押さえつけながら下まで一直線に線を引けば、一際大きく火花が散って、札はくすんだ色へと変化した。

「壊れ、た……?」
「うん、もうその札に効力は無いよ。さあ、後3枚、壊してしまおう」
「っ、はい!」

同じように残りの3枚も朱墨で線を書き加えていく。一枚、壊れる度にしゃりん、と薄い硝子が割れるような音がする。最後の一枚に書き終われば、なんだか本丸の空気が少しだけ軽くなったような気がした。
詰めていた息を吐き、筆を置く。とたとたと走ってくる軽い足音は、きっと小夜くんと博多くんだ。

「なまえさん、書庫の結界壊れたばい!」
「中に、入れるよ」
「……うん、ありがとう」

報告を受け、ゆっくりと立ち上がる。外を見れば、空はぼんやり明るさを取り戻しているような気がした。きっと解決は近い。そう信じて、私は書庫へと足を向けた。


緊急任務・本丸ノ異変ヲ解明セヨ!.05
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