緊急任務の話.03


歌仙さんを引き連れて、執務室である自分の部屋の障子を開く。初めて来たときに比べると、随分物が増えている。

「……とりあえず、片っ端からひっくり返しますか!」
「ああ、なまえのそういうところ、嫌いじゃないよ」

年末大掃除でもここまでやるか、と言うほど、タンスの中から押し入れの奥まで、言葉通り全てをひっくり返して目をこらす。些細な見落としも許されない。手分けして二人で部屋を漁れば、小さな部屋だ、30分ほどで確認作業は終わってしまった。

「特に怪しい、というものは無かったかな?」
「ああ。私物は全てきみに確認して貰ったけれど、それで無いのならば、この部屋は白だろう」
「うーん、まあ、もし審神者を狙っているなら、ここにある可能性が高いかと思ってたんだけど」
「あまり僕の心臓に悪いことを言わないでくれ」

ぽす、と軽く頭を叩かれる。口調は厳しいが、心配してくれているのはしっかりと分かっていた。ごめん、と謝罪を口にして、次の部屋へ向かうことにする。

「歌仙さんの部屋は確か、和泉守さんと一緒だったよね」
「ああ。彼が先に調べているかもしれないが、僕たちも向かおう」

歌仙さんの部屋、もとい、兼定組の部屋は、執務室から一番近い。初期刀たる歌仙さんが最初に使っていた部屋が、そのままふたりの部屋になったからだ。刀剣男士の数も50を超えたし、今度部屋の組み合わせ変えてみようかな、なんて別のところに考えをやっていたせいか、前を歩く歌仙さんの背中にぶつかってしまった。

「……何をやっているんだい、なまえ」
「うう、考え事してました……」
「あのね、なまえ。もう少し現状に緊張感を持って……」
「まあまあ、そこまでにしとけよ、歌仙」

歌仙さんのお小言を遮ったのは、部屋の中から顔を出した和泉守さんだった。堀川くんが、彼の後ろから「なまえさん」、と名前を呼ぶ。

「あれ、堀川くんもここにいたの?」
「うん、僕の部屋は、兄弟たちに任せてきたよ。ふたりに見られて困る物はないしね」

それに、と堀川くんは続けた。

「最近、兼さんも歌仙さんも、いつもよりも調子が悪そうだったから。もし、なにかあるならこの部屋かもしれないと思って」
「なるほど……」

今日、来たときの歌仙さんも調子が悪そうだったけれど、その原因がもし部屋にあるなら、同室の和泉守さんが同じ症状なのも頷ける。

「兼さんの方は粗方見終わったよ。もし良ければ、僕にも歌仙さんの確認、手伝わせて貰って良いかな?」
「……ああ、よろしく頼むよ、堀川」

いつも同じ部隊で組ませているためか、やっぱり二人の信頼は厚い。堀川くんの妨げにならないよう、私もちまちまと歌仙さんの部屋探しを手伝うことを申し出る。と、和泉守さんは「俺は道場の方見てくるわ」、ときびすを返した。

「俺の方は終わってるし、三人も居るならここの人手は十分だろ? 他の終わった奴らもぼちぼち出て来るだろうし、一足先に、道場の確認に行かせて貰うぜ」
「うん、じゃあお願いするね、和泉守さん」
「おう、任せとけ、なまえ!」

に、と、頼れる笑みを浮かべて、和泉守さんは部屋を後にした。大きな背中を見送って、改めて室内へと目を向ける。流石本丸最古参なだけあって、歌仙さんもなかなかに私物が多い。が、三人も居るのだ、すぐに終わるだろう。

「よーっし、歌仙さんのご趣味はいけーん!」
「余計な物に手を出したらすぐに追い出すからね」
「あう」

茶器、筆、書籍、押し花、歌仙さんの私物は多岐にわたる。本当に色々な物を持っているなあと、物を出してくる度に感心する。そのうえ、本人に確認を取れば見覚えの有る無しと共に短い思い出話までついてくるのだから、なんだかむず痒くもあった。

「えーっと、こっちの棚が終わりだから次は……お?」

次の棚へと視線を遣れば、奥まったところに気になるものがあった。真っ黒な香炉。歌仙さんの趣味とは違いそうだ。もしやこれがビーコン的なものでは、と直感が告げる。

「歌仙さーん」
「何か見つけたのかい、なまえ?」
「うん、ほら、これなんだけど」

万が一を考え、香炉に触れないよう細心の注意を払いながら、周囲の小物を避け、香炉が見えるように配置する。そばに来た歌仙さんに、指差して見つけたものを示せば、案の定、顔をしかめた。

「見覚えのないものだね。恐らくこれが、基点の道具……の、一つだろうね」
「なんだか、いい気はしませんね。これがあったから、体調に影響が出ていたんでしょうか」
「その可能性は高いだろう」

ふたりの会話を聞く傍ら、私の視線は香炉に止まったままだ。こんなものが見つかってしまった以上、外部から本丸への侵入を許してしまったという事実を突きつけられる。

「さて、ここで破壊するのも手だが……、一度皆と話し合った方が良いだろうね。問題は、これをどうやって持ち出すか、だが」
「下手に触れて変なもの取り込んでしまったら洒落にならないですからね」

堀川くんの言葉にぞっとする。確かに、この香炉に呪いでもかけられていようものなら、触れた瞬間彼らが粉々、ということもあり得るかもしれない。念には念を、慎重にいこうということになり、箒などの柄のついたもので、香炉を空き箱に落とし込むことにした。香炉は問題無く箱に収まり、堀川くんが蓋をして厳重に紐で縛り上げた。箱に触れても、別段何かが起こる気配はない。

「さて、そろそろ最初に提示した時間だね。ひとまずこれを持って、広間に戻ろう」
「うん、……他に、何か見つかっているかな……」

不安を口にした私を、歌仙さんと堀川くん、二人が同時に背中を叩いて励ましてくれる。

「大丈夫だよ、なまえさん。これでも僕たちみんな、けっこう頭に来てるからね」
「ああ。蟻の子1匹すら、見逃さないだろうさ」

ひえぇ、本気出した刀剣男士怖い。でも頼もしい!
廊下に出れば、しん、と耳が痛くなるほど、冷えた空気に包まれる。澄んだ夜空には、ぽかりと丸い満月。だいぶ夜も更けてきた。少しでも、解決に近づいていると信じて、私は広間へ向かう。

緊急任務・本丸ノ異変ヲ解明セヨ!.03
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