緊急任務の話.02


幸い今日は早めに本丸に来ていたためか、まだまだ夜も浅い。もう眠っている、というひとは居ないだろう。そう考えた私は光忠さんに、本丸に居る全ての刀剣男士を広間に集めて貰うよう、言付けた。
しっかりと、「10分で集めるよ」と頷いてくれた頼もしい近侍は言葉通り、10分で全員を広間に集めてくれた。みんなを前に、現在分かっていることを、一つ一つ、確かめるように言葉にする。
本丸に結界が張られていること。結界が本来とは逆の作用をしていること。そのおかげで、外に出られないこと。私が帰れないことはもちろん、恐らくみんなも、外に出られないだろうこと。

「というわけで、この状況を打破するために、みんなの力を貸して貰いたいと思っています。……お願い、します」

深く頭を下げれば、広間のざわめきが大きくなる。そんなに頭下げなくても、俺たち協力するよ! と言ってくれたのは、清光くんだろうか。彼に倣うように募る異口同音な言葉に、心が温まるのを感じた。今日もうちの子がこんなに大正義。
さて改めて、と彼らの考えを聞くことにする。神様である彼らの方が、きっとこの状況についても詳しい分析をしてくれるのではないかと小さな期待を抱いてみたが、どうやら当たりのようだ。
それぞれが考察を行う中、一番に口を開いたのは、第一部隊でも活躍してくれている大太刀の太郎さんだった。

「外部への接触を断つ結界、ですか。可能性の話になりますが、この本丸以外のものが全て、結界に覆われている、ということは、ないのですか?」
「いえ、その可能性は天文学的数値かと思われます。本丸は遡行軍の出現に際し即時対応できるよう、本来の時間の流れとは切り離された亜空間に存在します。現在、鎌倉から江戸末期までの広域に対応している本丸です、全時代へのアクセスを断たれている状況を考えますと、外界全てを結界に包んでいるという考え方は、現実的ではないかと」

こんのすけが、ボリュームのある尻尾を振りながら答えた。あらゆるアクセス手段を行使しましたが、全く以て外界への接触が出来ておりません、と答えるところを見るに、恐らくこんのすけの言っていることが当たりなんだろう。

「なるほど、つまり本来外部からの接触を断つべき結界の作用が、逆転している、ということだね」
「はい。その可能性が、一番高いかと」

こんのすけの同意を受けて、石切丸さんは眉間のしわをさらに深くして、私を見つめる。

「なまえさん、これは思っているよりも、事態は深刻かもしれないよ」

私の考えだけれど、と前置いて、石切丸さんは言葉を続けた。

「結界というものは本来、特定区域への侵入を禁じるもので、たいていの場合は、特定区域を覆うような、囲うような形で展開されるものだ。外から、囲った区域への侵入を拒否するのが普通だけれど、その拒否する対象が、今回は囲った区域の内部に向けられているのだろうね。内部から外部への接触を拒む結界、なんて聞いたことはないけれど、現状それが罷り通っている。相手は、相当な腕だと見て良いと思うよ」
「……そう、ですか」

彼らに助力を乞えばなんとかなるだろう、だなんて考えていた自分が如何に甘かったか、現実を突きつけられたような気がした。沈む気持ちもあるが、沈んでばかりは居られない。どうにかしなければ、と気持ちを切り替えようとしていたら、ふっと、力が抜けたような、いつもの調子で、石切丸さんは笑った。

「けれど、結界という根本が同じならば、対処法は自ずと見えてくるよ」
「……え、ほ、本当に?」
「石切丸様には、何かお考えが?」

慌てる私、聞き返すこんのすけに、石切丸さんはしっかりと頷いた。太郎さんも、石切丸さんの隣で目許を緩ませている。

「こんのすけ、確認をしたいんだけれど、作用が逆転しているとは言え、結界が結界であることに、間違いはないんだね?」
「ええ、それは間違いないと思われます」
「でしたら、"ここが結界を張る区域である"と囲うべき目印が……基点となる道具などが、この本丸の中に、必ずあるはずです」
「結界は、展開する目印となるもの……例えば、杭や線引きなどが無ければ、張ることは出来ないからね」

なるほど、と私は素直に頷いた。結界と言われれば、自分を覆う透明な球体のようなもの、いわゆるバリア、が真っ先に浮かぶけれど、そればかりが結界では無いのだろう。
呆けたように口を開けるばかりな私に、石切丸さんは、丁寧に結界についてどういうものかを教えてくれた。

「そうだね、例えば、「審神者の部屋は刀剣男士立ち入り禁止」、となまえさんが言えば、これも立派な結界だ。この場合の結界区域は"審神者の部屋"になる。区域の目印となるものは、部屋を仕切るふすまや壁が値するかな。今回、本丸自体が結界対象となっている、かつ、恐らく外部からの仕掛けである、ということは、この本丸を示し、覆うための目印が必ず本丸の中に存在するはずだ。でなければ、狙ってこの本丸に結界を仕掛けることは出来ないからね」
「……ということは、つまり、この結界を張る目印になっているものを探せば、解除できる?」
「と、私は思うよ」
「本丸が時間の流れに接していないのであればなおさら、目印がなければ、ここを特定して結界を張るなど、難しいでしょうね」

太郎さんからも肯定的な意見を得られれば、やることは決まったようなものだ。視線を上げ、くるりと広間を見渡す。幸いにと言うべきか、いや、私がこの本丸に来た後、……今思えば、硝子の割れたような音がした時点できっと、結界は完成していたのかもしれない。ともかく、結界のせいで、今日は出陣も遠征も出来なかった、つまり、私が顕現させた全刀剣男士が、この本丸に居る。
人手は刀剣男士50、プラス私とこんのすけ。……十分だ。
自然とみんなが口を閉じて、静かになった広間に、私は告げる。

「じゃあとりあえず、石切丸さんの言葉を参考に、結界を壊す方向で動いてみようと思う。まずは、全員自分の使っている部屋、それから、他の厨やお風呂、畑や厩、倉庫、本丸じゅうを徹底的に見て貰いたい。何か変なものや、おかしいな、って思うものがあったら、何でも良いから持ってきてください。……よろしくお願いします」

頭は下げず、広間に集まった刀剣男士達を見渡して言う。皆が、目つきを鋭くさせている。うん、やる気十分のようだ。時計は既に夜と言える時間を指している。あまり長い時間は取れないだろう。眠らずの作業は効率を落とすだけだ。

「じゃあ、自室を見て、その後他の部屋を見る時間もあるだろうから……ひとまず二時間。二時間したら、また広間に集まってください」

その言葉を皮切りに、刀剣男士達はわらわらと広間を後にする。何人か、「あまり気にするな」と励ましてくれたり、「絶対に何か見つけてくる!」と意気込んだ言葉を貰ったりした。人が出払ったのを見て、隣に立つ近侍──歌仙兼定を、見やる。

「さあ、まずは君の部屋を見ることにしよう、なまえ。君の部屋になにも無いとは限らないからね」
「うん。……でも歌仙さん、体調悪そうだったけれど、大丈夫?」
「ああ、戦ではないから、支障はない。そもそも、この本丸に手を出されたんだ、初期刀たる僕が、黙って居られるはずがない」
「……ふふ、頼もしいなあ。よし、じゃあ行こう、歌仙さん。……絶対、原因を突き止めよう」
「勿論だ」

力強い同意を受け取って、私も広間を出ることにした。



緊急任務・本丸ノ異変ヲ解明セヨ!.02
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