思い出の話


広間での宴会も随分と盛り上がったが、既に時刻は深夜帯になろうとしていた。最初に、お酒に弱い組や、早い就寝を習慣づけている組が抜け、次に酔いが回った人たちが抜け、今広間に残っているのは、朝まで飲み明かすつもりの人たちだろう。
私はと言えば、光忠さんに促され、歌仙さんと2人自室に居る。ぬる燗にしたお酒を、歌仙さんの持つお猪口に注げば、ほろりと、歌仙さんは顔を綻ばせた。

「ふふ……、今日という日に、きみにお酌をして貰えるだなんて、僕は本丸一の贅沢者だね……」

本来なら、僕が君に酌をするべきなんだろうけれど、と言う歌仙さんの頬は、うっすらと染まっている。お酒には結構強い歌仙さんも、今日ばかりは、酔いが回るのが早いみたいだった。

「大丈夫だよ、歌仙さん。私が一年なら、歌仙さんも一年だよ。一年頑張ってくれたんだから、主として労うのは当然でしょ?」
「そうか、……そうかい、ふふ……」

少し、茶化すように言えば、歌仙さんは目許をとろりと溶かすように笑った。ひらひらと、相変わらず桜が舞っている。一片、お猪口の中に落ちて、お酒に浮かんだかと思うと、小さな光の粒子になって消えていった。

「一年、そうだね、一年だ……」
「歌仙さん?」

歌仙さんはお猪口の中身を煽ると、懐から分厚い冊子を取り出した。丁寧に糸で綴じてある本を、私は見たことがなかった。表紙には何も記されていない。首を傾げていると、歌仙さんは冊子に向けていた、蕩かした瞳を私へと向けた。少しばかり、舌っ足らずな言葉で、零すように語りかける。

「僕はね、歌を詠むのが好きなんだ」
「うん、そうだね」
「この一年、僕は、たくさんの歌を、詠んだよ……」

本丸に来たときの気持ちは、初めてだったからうまく詠めなかったけれど、今読み返すと、率直な気持ちが伝わる出来だった。前田には、来て早々、筆を握らせて困惑されたよ。
桜が咲き誇ったときは、特にうまく詠めたよ。三日月が来たときは、みんなでお祝いをしたのだけれどね、その時の歌もある。そのすぐ後だったなあ、きみに初めて会ったのは。勿論、その時の事も歌にしたためたよ。
君と過ごす日々に、騒がしい本丸に、歌を綴る手が止まったことはない。毎日、ひとつ以上は必ず増えていった。正月に詠んだ歌は、きみも見ていたかな。

「今朝ね、一年になったのを記念して、歌を詠んだよ」
「……」
「一年、一年だ。……僕ときみの、僕たちの、一年間だ」

僕が綴った歌が、一年分。これだけの日を、僕は過ごしたんだね。そう言って、歌仙さんは、手元の冊子を愛おしそうに撫でた。そうか、その冊子は、歌仙さんの歌が、一年分全て、綴られているんだ。

「……その本、見ても、良いのかな」
「ああ、きみに見せるために、持ってきたんだ。……是非、見て欲しい」
「じゃあ、一緒に、見よう。それでね、歌を詠んだとき、歌仙さんがどんな気持ちだったのか、教えて欲しいなぁ……」
「もちろんだ、……なまえ」

ゆっくりと、歌仙さんに近づいて、身体を寄せる。歌仙さんの腕に寄りかかるようにもたれれば、一度だけ頭を撫でられた。

「さあ、まずは去年のこの日、僕が初めて詠んだ歌だ……」

歌仙さんの指が、表紙をめくる。彼の口から紡がれる、たくさんの思い出話に、私は静かに耳を傾けた。
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