せめてキスを終えるまで
疲れた。普段疲労などそう感じない身体だけど、仕事が本格化してきていよいよ余裕ぶっても居られなくなってきた。まぁ他人の前ではそんなところ見せないのだけど。 小さくため息をついて、僕は愛しい妻の待つ自宅へと車を走らせた。
早く帰りたい。そして姫先輩を抱きしめて疲れを癒したい。姫先輩が傍に居れば僕はどんな疲れも吹き飛ばせる。ちょっと料理が下手な僕の妻。結婚して暫く経つけど、姫先輩への愛情は少しも変わらない。
「こんなに溺れることになるとはな…」
エンジン音だけの車内に、自分の声が嫌にはっきり響いた。そう、僕は姫先輩に溺れている。姫先輩無しではもう生きていけないほどに。周りからはそうは見られていないらしいけど、寧ろ逆だと思われているようだけど、僕はもう姫先輩の存在しない生活など考えられないほどに依存していた。
車が家のすぐ傍まで着いたとき、玄関付近に車が停まっているのが見えた。あれは確か翼の…?遊びに来ているのだろうか。連絡は受けていないけど。車を停車させながらそんな事を考えていたら、玄関の扉が開いて姫先輩と翼が出てきた。 会話は聞こえてこないけど、笑顔の二人。なんだかすごく楽しそうで、車を降りて声をかけることが出来なかった。
翼を送り出して姫先輩が家に入っていくのを見てから、僕は車を降りて玄関へと足を運んだ。いつも鳴らすインターホンも鳴らさずに、扉を開けるとちょうど靴を脱いでリビングへと向かう姫先輩と目があった。
「えっ、梓くん…」 「ただいま」
びっくりする姫先輩を横目に自分も靴を脱ぐ。アメリカって別に靴脱ぐ習慣ないよなと思いながら、脱いだ靴を揃えていたら頭上から姫先輩の声がした。
「おかえりなさい。びっくりしたよー、今日は早かったんだね」 「仕事が早く終わったんです。それより…」
立ち上がり、姫先輩の左手首を掴んで持ち上げる。驚いた姫先輩と視線がぶつかって、今日初めて姫先輩の瞳を見た。綺麗な目、だからその瞳で僕に嘘はつかないで。
「なにしてたんです?翼と」 「み、見てたの!?」
姫先輩は凄く動揺していて、それがなんだか腹立たしかった。なにその態度、それじゃまるで僕がいない間にイケナイ事をしていたみたいじゃないか。
「はい、姫先輩と翼が玄関から出てくるのを見てました。すごく楽しそうでしたよね」
姫先輩を壁に追いやって、掴んでいた左手を壁に押し付けた。姫先輩はこちらを見上げていて、なにか言おうとしてか口を開いたけれど、すぐにその開いた唇を再び閉じた。言い訳するつもりもない?
「僕がいない間、姫先輩は翼と楽しい一時を過ごしていたんですよね?どんな事してたんですか?例えば…」
自分の口許に自嘲染みた笑みが浮かぶのを止められない。姫先輩の頬に手を添えてキスをする。触れるだけの、短いキス。
「キス…してたとか?」 「っな!梓くんっ!?」 「あぁすいません。こんな優しいのじゃ無かったですか?」 「あず…っ、ん!」
言葉を紡ぐ姫先輩の唇に噛み付くように唇を寄せた。角度を変えて何度も口付けて、やがて深いものに変えていく。舌を絡めて吸い上げれば姫先輩の身体がビクリと跳ね上がった。
「っはぁ…っ」 「物欲しそうな顔をしてますね。翼にもそんな顔見せたんですか?」 「違…っ」 「言い訳は聞きたくないです」
姫先輩の首元に舌を這わせて、鎖骨の近くに紅い所有印を一つ刻んだ。白い肌に紅い痕が映えて美しい。どうして姫先輩はこんなに僕を魅了して病まないのだろう。
「梓くん、聞いて…」
紅い痕に見とれていたら、姫先輩が空いた手で僕を抱きしめてきた。驚いて手首を掴んでいた手を離すと、その手も僕を抱きしめるために身体に回された。
「翼くんとは何もしてないよ」 「僕に連絡、なかったじゃないですか」
友人を招く時は必ず僕に連絡すること、これは二人で決めたルールだった。姫先輩は自覚がないみたいだけど、僕の周りには今でも先輩を狙う影が沢山ある。だから、僕の目が届かないようなところで誰かと接触はして欲しくなかった。 我ながら歪んだ独占欲だと思うけど、姫先輩を知ってしまった今、彼女を手離すなど考えられなくて…。気心のしれた翼にすらこんな風に思ってしまうのだから、土萌先輩だったら気が狂っていたかもしれない。
「ごめんね、梓くんには内緒にしておきたかったんだけど…」 「姫先輩、隠し事は無しです」 「うん…えっとね、来週で結婚して1年になるでしょ?」
もうそんなに経つのか。毎日が幸せすぎて時間の流れなんて全く気にしていなかった自分に驚いた。
「だから、翼くんにお願いしてお料理の練習をしてたの」 「は…?料理、ですか」
姫先輩の口から出る言葉に疑問符。東月先輩ならまだしもなんで翼に…。首を傾げていたら、姫先輩が口を開いた。
「私、その…お料理があまり得意ではないでしょ?」 「姫先輩が作ってくれるなら美味しいですけどね、僕は」 「もう…、梓くんはそう言ってくれるけど、私はもっと美味しいご飯を梓くんに食べてもらいたい」 「…それで、なんで翼なんです?」 「翼くんに味見を頼んだの。ほら、正直な感想を聞けるでしょ?」
姫先輩に下心がない事は最初から分かっていた。僕を裏切るような事を姫先輩は絶対しないから。それ以上に、僕を嬉しくさせることばかり言ってくれる。
「だから翼くんとは何もないよ…うちにあげたのは、ごめんなさい」 「何もなくないです」 「え…っ」 「姫先輩の手料理、あいつ食べたんでしょ?試作だとはいえ、僕もまだ食べたことない料理を、翼に食べられた」
自分でもなんてバカなことを言ってるんだろうと思う。これは嫉妬だ。彼女の一番はいつだって僕であって欲しい。だから姫先輩の好意と分かっていても納得したくなかった。
「姫先輩?僕は貴女の手料理を食べて、こうして触れ合うのを楽しみに帰ってくるんです。あんまり妬かせないで下さいね?」 「ぁ、はい!じゃあご飯の用意するね、」 「その必要はありません」 「ぇ…、っきゃあ!」
姫先輩を床に組み敷いて上に乗り上げる。頬を染めて見上げてくる姫先輩。手料理が食べられないのならせめて…
「僕は今から貴女を食べるので、必要ありません」 「も、もうっ!梓くん…っ」 「いただきます、姫先輩」
触れ合った唇は、先刻とは違う優しいものだった。
せめてキスを終えるまで
(余裕ぶった僕で居させてください)
-----------------------------------------
さやか様のリクエスト、梓旦那設定で切甘裏でした。 中編は体力的に持たないので、短編に詰めたら裏にならなかった…すいませんorz 嫉妬は切にハマるのかな〜とも思ったのですが、どうでしょうか。 アフター夏をプレイして居ないのですが、私の中の梓くんはかなり姫さんに依存心が高いです。 夢中になると脆いというか…そんな感じですっ! ところで梓くんは結婚しても先輩呼びですか? 旦那CDでは先輩だったので先輩にしましたが、間違っていたら教えて下さいっ! 1万hitリクエスト、ありがとうございました〜!
20120309
|