家族になろうよ
「ちょっとそこに居ろよ?」 「はぁい、いってらっしゃい」
そんな会話をしたのがほんの数分前。近くの売店に飲み物を買いに行く俺を姫が見送る、それだけの事。焦らないで、なんて姫の声が聞こえたけど、少しでも一緒に居たい俺の気持ちが歩くスピードを速めて、気が付けば売店での注文もそこそこに姫の待つベンチへと駆け足になっていた。 姫の姿が見えて、息を整えながら近付く。俺が近付くのに気付かないのか、一点を見つめたまま動かない姫を不審に思ってその視線の先を見れば、親子連れが歩いているのが見えた。
「…なぁに考えてんだ?」
ベンチに座る姫のすぐ近くで声を掛けると、本当に俺が近くにいるのに気付かなかったらしい姫はびくりと肩を震わせた。
「一樹…私別に」 「別に、じゃないだろ?なんなら当ててやろうか」 「…意地悪」 「はは、そうだな」
買ってきた飲み物を手渡すと、ありがとう、と受け取る姫。そのまま飲み物に少しだけ口をつけてため息を吐いた姫の頭をぽんぽんと叩いた。
「そんな顔すんなって、怒ってる訳じゃないんだ」 「でも、私ちゃんと応えられない…」
また一つため息。 姫が落ち込んでいる理由。その原因は俺なのだが、こればかりは引き下がるわけにはいかない。
「言っただろ?直ぐじゃなくたっていいんだ」 「もう何度も言われてる…」 「そりゃお前が欲しいからな。手にするまでは何度だって言うよ」
そう、俺が姫に伝えたいこと。俗に言うプロポーズなんだが、もう何度したかわからないそれを、姫は今まで答えを出せないまま全て持ち越しにしてきていた。 原因は分かってるから、俺もあまり落ち込んではいない。
『家族ってどんなものか分からないの。皆、そこに幸せがあるというけど、私が知っているのは孤独と淋しい気持ちだけよ』
姫の家庭は上手くいっていなかった。彼女が多くを語らないから俺も深くは聞かないけれど、結婚しても幸せが続くとは限らない…そう心に根付く何かが過去にあったんだろう。 さっきみたいに、親子連れの幸せそうな様子を見てはため息。ずっとこれの繰り返しだった。
「一緒に居たい、ただその延長なんだ…結婚は」 「じゃあどうしてお役所では、離婚届が婚姻届の隣に置いてあるんだろうね?」 「お前なぁ…」 「分かってる、私可愛くないね」
そうじゃないんだ、でもどう伝えたら良いかが分からない。俺が幸せにしてやる、なんて月並みな言葉じゃだめで…だったらどうしたらいいんだよと自問自答する心には焦り。
「ねぇ、ずっとこのままなの…一樹に悪いよ。だから…」
続きは聞かなくてもわかったから、俺は思いっきり抱きしめて聞かないようにした。手に持っていた飲み物が地面に溢れる音がしたけど、そんなのどうでもいい。
「違う…それは違うっ。俺を言い訳にするのは辞めてくれ。別れたいって、一緒に居たくないのなら姫の意志でそう言え」 「なんでそんな事言うの…っ?私がそんな風に」 「思ってるなんて思ってない。最も、離す気なんて更々ないんだけどな。なぁ…俺はお前が思っている以上にお前の事愛してるんだ。嘘じゃないぞ、だから何度でも言う」
結婚して欲しい、って。その言葉に姫は僅かに顔を歪めるけど、俺は続けて口を開いた。
「だけどそれを今みたいに負担にも思って欲しくないんだ。確かに結婚したら色々あると思う。勿論楽しいことばかりじゃない。愛してるのかすら分からなくなることもあるかもしれない。けど、それでも俺はお前と居たいと思ってる。姫じゃなきゃダメなんだっ!」 「一樹…」
なんて欲深いのだろう、人間って生き物は。最初はただ傍に居たくて…それだけじゃ足りなくて心に触れて、溢れだす気持ちを口づけに変えて、それでも足りないから体を重ねて…永劫に手に入ることのないものに焦がれては、手に入らない虚無感に襲われる。 何度もそれを繰り返している間に、やがて傍に居られることが一番の幸福だと言うことに気がついて、他人から家族に変わりたいと願うようになった。
「好きだ、愛してる。俺から離れるな…」
姫を抱きしめる俺から漏れた恐ろしいほどに弱々しい声。姫の意志を尊重したいと言いながらも、結局は俺が失うのが怖いだけなんだ。愛されてる実感はあるけど、プロポーズを迫る度にいつか離れていくのではないかと怖かった。それでも願うのをやめられなくて、姫を悩ませた。 だからもう、今日で終わりにしよう…
家族になろうよ
頷いたキミの笑顔が忘れられない。 守るから、弱さも優しさも全部全部。 始まりはキスから…幸せになろうな? ---------------------------------------- たまにはちょっと長いものを… 姫さんの過去やらなんやらを書くと長いのでやめました。 公園でこんなことになったら、なかなか困りますね。 この後、指輪はめてあげたいのに自宅にあるぅぅぅとなる予定です…笑
20120414
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