そんなわずかな勇気もない俺。
「錫也っ!月子ちゃん!」
屋上庭園に着くと、俺の手を握っていた姫の手が離れて、そこで待っていた二人の元へ姫が駆け出していった。 突然離れた熱源に、先程まで熱を持っていたそこは風により急激に体温を無くした。 分かっているはずなのにどこか虚しい。
「哉太っ!先に食べちゃうよ?」 「姫、頂きますを皆で出来ない子には、俺の特製弁当はお預けだな」 「ご、ごめんなさい!皆で頂きますします!」 「ほら、哉太も。こっちこいよ」
俺を呼ぶ声と、月子のクスクスと笑う声が聞こえた。そう、俺達はいつも3人一緒にいた。それが姫を入れて4人になるなんて、星月学園に入るまでは予想もしていなかった。
「錫也って本当にお料理上手だよね〜」
呼ばれて、恒例の『いただきます』をして食事を始めて姫がおかずの玉子焼きを頬張って一言。 錫也の玉子焼きは本当に美味しくて俺も大好物だ。姫も俺の好きな物が好きという事実が嬉しくて口元がにやけるが口には出さない。
「その玉子焼きは、哉太好みの味付けなんだ」
すると、さらりと錫也が俺の考えていたことを告げた。ちくりと胸が痛む。 錫也はとってはこんなに簡単に告げられることなのに、俺は素直に話すことが出来ない。それが凄くもどかしかった。
「哉太は甘い玉子焼きが好きなんだよね」 「さすが二人とも幼馴染みだね」
月子の言葉に、錫也と月子を見比べながら、姫は凄いなぁと感嘆の声をあげる。もう、俺が口を挟む隙間は無くなってしまっていた。
食後、錫也は月子に予習したところを教えるだとかで、持参したノートをパラパラと捲っていた。 最初はその光景をぼんやり眺めていたけれど、次第に退屈になってしまって欠伸。先程から姿が見えない姫を目で探せば、彼女は少し離れたところから何かを見つめていた。
そこには桜が舞い散る並木道があって、その場所は俺と姫が初めて出逢ったあの日を思い起こさせた。
(何度、偶然を装って 声を掛けようと思ったか。 そんなわずかな勇気もない俺。)
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