離す気はないからな







私の旦那様は本当にかっこよくて、面倒見もいいしお仕事もバリバリこなすし、欠点なんて見当たらないと思ってた。
だけど…



「っ!…一樹さ…っ」

いわゆる夫婦の営みというかスキンシップというか…それが結婚してから凄く増えた。もうほぼ毎日っていっても過言じゃないくらい。
勿論一樹さんの気持ちには応えてあげたいけれど、毎晩…となると流石に辛いものがある。




「姫、ほら…こいよ」

そう言って両手を私に伸ばす甘い罠。この腕に抱きしめられたら、もう抵抗するなんて無理で溺れるしかない。

「………」

私が暫く迷っていたら、不思議そうな顔で首を傾げる一樹さん。いつもみたいにしなかったら変かな…なんて思いながら、電気消しますね…と言ってその手をすり抜けてベッドの横の灯りを消せば、たちまち広がる静寂と暗闇。
よし、このまま寝てしまおう!そう決意して布団に潜り込んだ私は、一樹さんの一言で制されることになる。

「…拒んでるのか?」

その、なんとも言えない声音に思わずハッとして彼を見れば、月明かりに見える悲しそうな顔。慌ててなにか言おうとすれば、頭を優しく撫でられて、小さな声でごめんな…って声が聴こえる。

「一樹さん…」
「分かってるから…、寝るか」

頭から一樹さんの手が離れて、一樹さんはそのまま目を閉じて眠ってしまった。
…初めて、おやすみなさいが言えない夜になった。




次の日も、一樹さんは仕事が残っているから…とかで、夜遅くまでベッドに来なかった。一樹さんのお仕事が終わるまで待っていようと思ったけど、気がついたらいつの間にか寝てしまっていて、朝起きたら少しだけ離れたところに一樹さんが寝ていた。




そんな毎日が何日か続いた夜、今日も一樹さんはお仕事が終わらなくてベッドにいない。

「一樹さん…」

最初に一樹さんを拒んだのは私なのに、今は一樹さんに拒まれている感じがして酷く悲しい。
思い直せば、日中はお互いに仕事だし、新婚だからと言ってもそれらしいこと…と言えば、夜のこの時間しかなかった。

「………」

触れたい。
そんな風に思ったのは初めてかもしれない。
ううん、そうじゃない。付き合いだした頃は、手を繋ぐのが凄く幸せで、触れる唇も私を撫でる大きな手も、全部全部大好きだった。
それが結婚してから、愛されることが当たり前になってしまっていて、夜の営みを煩わしく思う自分がいて。
きっと、手っ取り早く愛を伝えたり確認したりするのは身体を合わせるのが一番なんだと思う。でも、それじゃなんだか悲しい。
それをうまく伝えられなくて、一樹さんを傷つけてしまった。

その時、パタン…と寝室のドアが開いて一樹さんが入ってきた。静寂に物音が響いて、そちらを向けば、起こしちまったか?と一樹さんの声。

「ぁ…いえ、少し考え事をしていて」
「…そうか、明日も早いんだろ?ほどほどにしておけよ」

薄明かりの中をベッドまで歩いてきて、私との間に少しだけ距離を置いて身体を横たえる一樹さん。やっぱり今日も触れてもらえなくて、悪いのは私なのに涙が溢れた。
触れてもらえない事がこんなに悲しいって初めて知った。

「…泣くなよ、バカだな」
「っ、ごめんなさい…」
「謝るのは俺の方だ。…悪い、夫婦なら何をしても許されるわけじゃないのに、お前の気持ちを無視した」

私の涙を拭いながら、ぽつり…と一言。

「仕事だってあるのに、随分無理させたな。本当にごめん、だから…」
「…毎晩は確かに身体が辛いです。でも、触れてもらえないのはもっと辛いです」
「姫…」
「私が拒んだのにごめんなさい…だけど、今は…触れてほしい、です」

言葉を言い切る前に強引に引き寄せられて、私は一樹さんの腕の中にいた。安心する体温、香りに身体が、心が満たされていくのがわかる。

「やっと抱きしめられたな。拒まれた理由はちゃんと分かってる。こうやって抱きしめているだけでも充分伝わるのに、俺は急ぎすぎてたのかもしれない」
「一樹さん…」
「言葉にすると、どうしても情けなかったり照れ臭かったりするだろ?身体を交えるのはそういうのなしに、ただ気持ちをぶつけるだけだから…でもそれじゃダメだよな。ずっと一緒に居るなら、尚更きちんと伝えなきゃだな」

私のおでこの髪をさらりとはらって、そこにキスを落とされる。

「結婚する前からたくさん伝えてる気がするのに、全然足りてないんですね」
「俺達が別個体である以上は、多分一生伝えきれることはないんだろうな。でも、それも悪くない」

一樹さんは柔らかく微笑んで、私にこう告げた。






離す気はないからな

(一生かけて貴方に伝えるよ)
(大好き、愛してる…)

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20120514




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