僕は、それでもいいと思っている。
君の笑顔ひとつでこんなにも 満たされているなんて 君は一生気付かないだろう
昼休み前、授業で凝り固まった肩を回していると、視界の端に姫が映った。どうやらクラスの男子に昼食に誘われているらしいそれ。放っておけばいいのだが、姫が困った顔をしているのを見ぬ振りも出来ず、席を立ち上がり姫の席に移動し、口を開く。
「姫、生徒会室行くぞ」 「え?」 「朝言っただろ、忘れたのか?ほら、ぐずくずしてると昼休み終わっちまうからさ」
頭をポンポンと叩き、姫の隣をすり抜ける。待ってよ、という姫の声と、姫を誘っていた冷ややかな視線をしたクラスメイトを無視して、一樹は教室を出た。
「ちょ、待って一樹っ」
小走りに走ってくる姫、少し歩を緩めれば腕を掴まれた。仕方がないので振り替える。
「っ、はぁ…歩くの…はや…っ」
肩で息をしながら、姫はこちらを見つめてくる。呼吸を整えた後姫は意外にも謝罪を口にした。
「ごめん…気、使わせた」 「んなこと姫が気にしなくていいんだ」
困ってたんだろ?と聞けばこくこくと頷く彼女。建前はそれだが、実際は姫に馴れ馴れしくして欲しくないという、独占欲的なものからの行動だったとは伏せておく事にした。
「ほんと助かったよ、断るのも悪いしさ」 「ったくお前は…」 「姫っ!」
その時、廊下の少し向こう側から声がした。姫はその声に振り返ると、ぱぁっと笑顔に変わる。あぁ、自分は彼女のこの笑顔が好きなのだ。この笑顔を守りたくて、近くで見ていたくて、この関係を続けている気がする。
「龍ちゃん!」
姫は、そう名を呼んで、名前の主の方へ駆けた。龍ちゃん…確か月子と同じ弓道部の…。姫は月子とも仲が良いので、きっと月子繋がりの友人だろうな、と考えながら姫が駆けた方を見る。幸せそうな姫の表情を見て、ピンと来てしまった。その場で立ち尽くしていると、姫が彼を連れて戻ってくる。
「一樹、彼ね、弓道部の宮地龍之介くん」 「お、おう、不知火一樹だ」 「よろしくお願いします、姫とは月子繋がりで…」
先程から心がざわついていた。何かに掻き乱されたように鼓動が早くなり、酷く不快感を残す。なんだこれ、なんだ…これ。
「姫、メシはまだか?」 「ぁ、うんうん。これから行くところだったの」
龍ちゃんもどう?と誘う声が何故か遠くに聞こえた。宮地と言ったか、彼が申し訳なさそうにこちらを見やるものだから、つい口をついて言葉が出た。
「ちょうど良かった。こいつとメシ食ってやってくれ。教室で困ってたのを助けたんだが、生憎俺は生徒会の仕事があってな」 「む…そうですか」
彼の不満そうな声音は、多分教室で姫が困っていたことにかかっているはずだ。自分以外に、こんなにも近くに姫を守ってるやつがいたなんて。
「じゃあお昼行ってくるね!いこ、龍ちゃん」
姫は特に気にする様子も無く、宮地と食堂に向かっていった。姿が見えなくなるまで、彼女の笑顔がそこにあった。自分が一番近くでその笑顔に触れていると思ったのに。段々と離れていく彼女を見、グッと心臓が痛んだが、姫があぁやって笑っていてくれる、それだけで満たされていた自分に気が付いた。あの笑顔を壊したくなくて続けた曖昧な関係。踏み込んでいない以上、今までの関係と酷く変わることはない。
「いつかこうなるって、分かってたのにな…」
他の誰かの一番になっていく彼女。一樹は、それを拒む術を持ち合わせては居なかった。姫が去った方とは反対側にある生徒会室に、ゆっくりと歩を進めた。
(僕は、それでもいいと思っている)
------------------------------ 宮地くんとは付き合ってなかったり。 勘違いでこんがらがるのが大好きです。
20120205
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