残念ながら貴方にべた惚れ
「ただいまー…」
疲れた、勤務中はなんとか笑顔で応対するのだけれど、会社を出る頃には表情を保つのが辛くなり、一歩家に入ってしまえば疲労が顔に出るのを隠せない。 今日の仕事の疲れを表すようなため息をひとつ付きながらパンプスを脱いでいたら、錫也が凄い顔で出迎えてくれた。
「姫!!」 「ぁ、錫也。ただい…」 「脱いで!」 「…はい?」 「だから、脱いで!」 「……」
そっか、私今日は相当疲れてるのね。だっていつもなら、おかえり姫、お風呂にする?それとも先にご飯食べるか?…って、これじゃなんだか俺が奥さんみたいだよなって笑ってくれる錫也が脱いでなんて。
「…なんで脱いでなの」 「どうしても見たいんだ」
何をですか、なんて野暮なことは聞けない。一応する事はベッドでしてるわけだし、その…男の子ならそういう気分になるのもなんとなく理解できる。出来るけども…
「今じゃなきゃダメ?」 「だめ」 「はぁ…」
正直私だって疲れてる。出来たらゆっくりお風呂に浸かって錫也の美味しいご飯を食べて、ゆっくりと就寝までの時間を過ごしたい。 けれど錫也の意志は堅いらしく、脱がなければこの場をやり過ごせそうになかった。
「わかりました。脱ぎます…」
結局私は錫也が大好きで、彼にお願いされたら断れないのだ。玄関先でこんなことするなんて初めてじゃないかな…なんて思いながらスプリングコートを脱ぎ去る。 その様子を固唾を飲んで錫也が見つめてくるものだから、変にドキドキしてしまっていけない。視線で犯されている、そんな気分だった。 普段は錫也がさりげなく脱がせてくれるから気が付かなかった。自分で服を脱ぐってこんなに恥ずかしいんだって。
「………」 「………」
無言が怖い…静寂が痛い。早くこの場をやり過ごしてしまいたい気持ちが私の腕を動かして、ブラウスに手をかける。スプリングコートの下に着ていたポンチョ風のブラウス、この間二人で出掛けた時に錫也が買ってくれたもの。マネキンが着ているのに一目惚れして見ていたら、姫に似合いそうだなって錫也がプレゼントしてくれたんだっけ。 買ってから着るのは初めてで、今朝出勤前にやっぱり似合うなって誉めてもらったのは記憶に新しい。あの時はまさか脱げだなんて言われるとは思わなかったけど。 ボタンを全て外して、腕からブラウスを抜き去ろうとしたら、錫也がやっぱりな…と呟いた。
「え?なに…」 「ブラウス。値札のタグついたまま」 「えぇぇっ!!」
慌ててブラウスをみれば、取り忘れた値札が嘲笑うかのようにぶらさがっていた。私、今日一日値札つけて仕事してたんだ…。位置的に見えにくい場所ではあるけど恥ずかしすぎる。
「朝確認すればよかったな、ごめん」 「錫也が謝ることじゃないよ、すぐにタグ切らなかった私が悪いし。それより、それを確認したくて脱いでって言ったの?」
自分で質問しておいてしまった、と思ったときにはもう遅かった。錫也は一瞬きょとんとしたけど、すぐにその意味を理解したのか口元に笑みを作った。
「そっか、姫がそんな事期待してたなんて…ちょっと意外だな」 「期待してない!してません!」
ぶんぶんと首を振って否定したのに、錫也は私の顎に手を添えてクイっと上を向かせてこう囁いた。
「お姫様のお望みとあらば、俺も断るわけにはいかないよな?」
囁きと共に近付く唇、手に持っていたブラウスがばさりと音を立てるのと同時に、私たちの唇も重なった。
残念ながら貴方にべた惚れ
(お願いされたら断れないし 誘われたら拒めない 大好きな私の王子様)
------------------------------- フォロワのまあり嬢へっ! Twitterではあんなに、変態っ!えっち!って罵ってるのに、小説になるとそうならないから不思議… 私は錫也に何の願望と期待を寄せているのか。 ポンチョブラウスは趣味です、似合うかな〜と思って!笑
20120417
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