埋めない間

約束なんて堅苦しいでしょ?
私と貴方がそこに居るのが
本当に自然になるような
そんな関係でいたいの









昼間の残暑の暑さが嘘のようにすっかり涼しくなったテラスで、姫は柵に身体を預け、ぼんやりと空を見上げているクラサメを見つけた。昼間にも見掛けたのだが、二人の暗黙のルールでそっとしておいた。暗黙のルール、候補生の前では親しい素振りを見せない。別に見せたからどうという事はないのだが、特別見せなければならない理由もないので、日中は事務的なやりとりしかしない。

「隊長?」
「姫…その呼び方は」
「ウソウソ、ゴメンね冗談です」

あんまりにもぼんやりしていて気がついてもらえていないのかな?と声を掛ければ気配は感じて貰えていたみたいで。隊長と呼ぶのは姫の遊び心の一つで、呼んで直ぐにクラサメの表情に変化が出るのが面白いらしく、今のようにぼんやりしているときや、からかいたい時に使われることが多い。

「大丈夫?ぼーっとしてない?」

そう言いながら手に持っていた紙コップを差し出す。夏の夜にテラスに出るときに必ず姫が用意するもの。自分にはブラックのコーヒー、クラサメには甘いココア。初めて渡した時に彼は意外にもココアを選択した。日中の彼ならば迷わずブラック、と言いそうなのに、オフの時には糖分を摂りたいのだそうだ。確かに日中の業務を見ていれば甘いものを摂取したくなる気持ちはわかる。

「聞いただろう?」

ココアを受け取りながら、クラサメは姫に尋ねた。手にほんのりと温かさが伝わる。冬ほど寒くもないので、程よい温かさに保たれたそれからは姫の気遣いが取れて、クラサメは姫を見つめた。姫は気づかない振りをして、クラサメ同様テラスの柵に持たれ掛かって空を仰いだ。

「星、綺麗だね」
「姫」
「空気が澄んでるからかな」
「姫…」
「雲も少ないし、明日も晴れ…」
「姫っ」

少し大きな声で呼ばれた。大丈夫、聞こえてるよ。でもね、聞きたくないの、変でしょ?大好きな貴方の声なのに聞きたくないの。姫はゆっくりとクラサメを見やる。いつも口元を覆っているマスクは外されていた。普段は見えない彼の傷が露になる。

「…次の戦い、最期になるんでしょ」
「あぁ」
「私、貴方を忘れるのね」
「忘れたくない、とは言わないんだな」

別段意外そうでもなくクラサメが尋ねた。こういう場合、忘れたくない、覚えていたいというのが普通なのだろうか。確かにその気持ちもある。出来たら戦場にも行って欲しくない。でも…

「私がそう言ったら、クラサメくん困るじゃない?」

忘れたくない、相手にそう言われたら自分はどうしたらいいのだろう。死なないように頑張るよ、生き残ってみせるよ…きっとどちらも違うのだ。彼に課せられた使命はそんな単純なものではない。

「だから、覚えていたいとかそんなのはいいの。残った私には何もないのに、クラサメくんがそれ以上に苦しむ必要はないよ」
「姫…」
「それにひょっこり帰ってきたら気まずいじゃない。ね…」

だから、と姫は自分より背の高いクラサメの頬に手を当てる。

「いってらっしゃい、」

此処がベッドの中なら激しく抱き合えただろうか。優しい彼の事だから、きっといろんな事を考えて、だけど言葉には出来なくて、私は情事中の彼を直視できないだろう。紙コップに阻まれて包容が出来ないのも今は好都合だ。抱きしめたら離せる自信がない。だから、私たちはこれでいい、この距離でなければ見送れない。

「…ありがとう」

彼の言葉を聞いて、姫は手に持っていたコーヒーを飲み干した。哀しい別れの味がした。




(やっぱりブラックは苦手…)
(何故ココアにしない?甘党だろう)
(ココアはクラサメくんのだから。)
(お揃いは嫌か)
(なんか恥ずかしい。)
(だから紙コップなのか)

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冬企画にしたかったけど、時系列的に無理だった まる

20120127




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