世界は滑稽で美しい
世界は滑稽で美しい
疲れた。任務がいつもより長引いてしまって帰投が明け方になってしまった。深くため息を吐いてエントランスに向かうと、こんなに朝早くなのにケイトが立っていた。
「どうしたんです?早起きなんて珍しいですね」
疲労感をなるべく出さないように、皮肉を一つ。ケイトはこちらに近付きながら『ばればれだし』と吐いた。やはりケイトに嘘をつくのは無理だ。彼女は昔から勘が良い、いや、それだけではないのだろうけど。
「深夜には戻るだろうって聞いてたから心配したわよ。アンタの事だからくたばる事はないと思ってたけど…」 「そうでしたか、それはすいません」
自分のスケジュールを把握していてくれているとは嬉しい。密かに悦に浸っていると、ケイトは頬っぺたを思いっきり横に引っ張った、もちろん私の。
「っい、いひゃい…」 「痛くしてんの!アンタねぇ、今日がなんの日かわかってんの?」 「…?」
つねられた頬の痛みに耐えながら、今日はなんの日か思案する。確か昨日はうるう年で29日だったから…
「3月1日…ですか?」 「当たり、誕生日でしょ、アンタの」 「…あぁ」
言われて気がついた。そう言えば今日は誕生日だ。最近忙しくてすっかり忘れていた。日付が変わる頃にしていた事を思い出して苦笑。自分が生まれた日に人を殺めているなんて、なんだか申し訳ない気持ちになる。申し訳ない、というと失礼なのかもしれないが、任務が続いていく中でだんだん自分の中のなにかが変わっていっているのに、私は嫌でも気付かされた。
「一人で考え事すんのやめてくれる?」 「あぁ、すいません」
ケイトを見れば不満げな顔。彼女はずっとここで待っていたのだろうか。こんなどうしようもない自分を。いつもは感じない、人を殺めた感触が妙にリアルに思い出される。 今日殺めた人間にも大切な人がいたはずだ。私にとってそれがケイトであるように。ケイトをいきなり失ったら私はどうなるのだろう。心に穴が空くのだろうか、否、そうならない為に私たちは死んだ人間の記憶を失う。なんて滑稽な世界、必死で足掻いて生きても総て無になる世界。でも私はその滑稽な世の中で、他の者と同じように大切な人を見つけてしまった。
「ちょ、ちょっとトレイ?!」
気がつけば無意識にケイトを抱きしめていて、腕の中でケイトがじたばたと暴れていた。 彼女がこうして出迎えてくれて、名を呼んでくれて、抱きしめる事が出来る事を幸せに思う反面、いつかこの事が当たり前でなくなる日が来るのが恐い。連続するバトルの後だからか、精神状態が不安定な自分に苦笑した。
「ケイト」 「なに?」 「好きです」 「知ってる」
ぎゅっと抱きしめ返してくれたケイトの体温が温かい。混ざりあってしまいたいとは思わないが、せめてこの体温を共有できる内は安息に幸せを噛みしめても赦して欲しい…そう願わずには居られなかった。
(誕生日おめでとう) (お言葉は嬉しいのですが、夜はまだ冷えます。風邪をひきますよ) (素直にありがとうが言えないの?…ほんっとにアンタは…)
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トレイさん、おめでとうございますっ! 彼はこんな事考えないんでしょうかね… でも弓を引く理由が、生肉を断つ感触に耐えられないからとかなら、個人的に萌えます…* 武器は気が付いたら手にあったそうですけど、意識のなかに潜在的に考えがあるからこそですよね!
20120301
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