繰り返される世界で
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
店の扉が開く音と、それから聴こえるマイの声。 朝から何度この流れを見ただろう。開店と同時に冥土の羊に来て朝食。えぇっと…コーヒーは何杯頼んだっけ?
「ウキョウさん、ウキョウさんっ!」 「へ?あ、はいっ!!」
ぼんやりとしていたら、隣にマイの姿。さっきまで扉の前で接客をしていたのにな…なんて、気が抜けているにも程がある。
「大丈夫ですか?今日はよくボーッとされてますね」
ぁ…気にかけていてくれたんだ、ってちょっぴり高鳴る鼓動。ただテーブルを一つ独占されて迷惑だって思っているのかもしれないけれど、それでも嬉しい。 マイが俺を気にかけている、その事実だけで頬が緩んでしまう程に。
「ウキョウさん…?」 「あぁ、ごめんね。大したことじゃないから気にしないで。そろそろ帰るよ、お会計お願いできるかな?」 「待ってください」
席を立とうとした俺を止めるマイ。彼女がこうして無理を通そうとするのは珍しい。いや、珍しいのかな…他の世界では、どうだっけ? 次のマイの台詞を待ちながら、この世界もきっと…なんて想像が巡る脳裏。何度やり直したかわからない連鎖でだんだんと麻痺していく感覚。 いつか先程飲んだコーヒーのように、飲んだ瞬間は覚えているのに、その時間がどのようなものだったか忘れてしまうのではないか、そんな不安に駆られる精神。 もう根底はとっくに穢れてしまっているのに、それでもマイに執着するように次の世界では彼女を求める。
「俺になにか用事かな?」
一向に口を開かないマイを気遣い声をかけると、少し躊躇った後戸惑いがちに唇が動いた。
「バイトが終わった後、逢えませんか?」 「…俺とキミが?」 「そうです」
それは間違いなくデートの誘いで、先程までただの客と店員だった二人の関係を変える台詞だった。 正直、あまり気乗りはしない。 勿論、マイと冥土の羊以外で逢えるのは嬉しいのだが、俺はそれを単に喜んでいいような人間ではないから…
「…忙しいですか?」 「いや、忙しくないです!すごく暇です!」
それでも、不安そうに尋ねてくる彼女を無下には出来なくて、咄嗟に出てしまった言葉。 マイの顔がパァァと明るくなるのがわかる。
「じゃあ、少し待っていてください!」
くるりと身を翻して厨房に消えていく彼女。その後ろ姿をみてため息。と同時に、一緒に居られることへの嬉しさと、何かしてしまわないかという不安の混じった笑み。 なんて厄介な感情なのだろう。 もういっそ切り取りたい。
「………………」
空になったコーヒーカップを見つめながら、ただ彼女の幸せだけを願えない自分を静かに呪った。
繰り返される世界で
(きっかけは俺) (動いたのはキミ)
---------------------------------- 悶々としているのはわたしかもしれません…
20120803
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