make your happiness







やり過ぎ、度が過ぎる…
本当は俺だってわかってるよ。
だけど、もう後には退けないんだ…






カシャン…
ゲージの鍵がかかる鈍い音。その先に見える、少々怒りを含んだマイの表情。ここに閉じ込めた頃は、驚きと不安が入り交じった顔をしていたのに、今はそれらを残しつつもこんな仕打ちを受けている事に、はっきりと不満を持った顔をしていた。


『ここから出して』


とは、はっきりと言わない。
俺が怖いのか、はたまた言えばどうなってしまうのかあれこれ考えを巡らせているのか…

「無駄に頭回るからね…お前」

ぽつりと呟いた声に、少し驚いたのかピクリと跳ねて、マイは俺に目を向けた。
二人しかいない空間。多少外の音なんかはしても、ほぼ無音の空間。家を選ぶときに立地条件としてあげたこの空間が、まさかこんな演出をするとは思っていなかった。

「トーマは、」

ちらりと俺から目をそらして、言いにくそうに口を開くマイ。うん?と返せば、少し間が空いてゆっくりとマイの口が開かれた。

「いつまで続けるの?」

こんなこと…と続く唇に、そっと人差し指を当てる。
それ以上は言わないで欲しい。俺だっておかしいのも、狂ってるのもわかってるよ。勝手だって分かってる…分かってるけど、ギリギリで繋いだ俺の理性を狂わせてしまう言葉だけは…マイの口からは聞きたくなかった。
聞いたら、きっともう戻れないから。


「お腹すいた?なんか作ろうか」

話題を変えるようにゲージから離れキッチンへ向かう途中、マイが俺を呼んだ。しかしそれには答えず、俺はキッチンにある冷蔵庫の扉をそっとあけた。






トーマが行ってしまった。
リビングに残されたゲージの中で一人、どうしたものかと思案する。
トーマはきっと私の考えていることなんて見通しているのだろう。唇に触れた人差し指が、全てを物語っていた。

「だけどそれじゃ…解決しないよ」

ひんやりとしたゲージの柵に触れて小さくため息を吐く。もう何日もこうして、現状を打破する策をあれこれ考えて見たけれど、こちらからの譲歩にトーマが応じてくれない。

「……………」

キッチンからいい匂いが漂ってくる。
ケチャップの匂いがするからチキンライス?なんて考えが頭にふと浮かんで、そんな事を考えている場合ではないと自分にいい聞かせた。
昔はキッチンに立つトーマなんて想像できなかったのに、ゲージに入れられてから口にしたトーマの料理はすごく美味しくて。そう言えば、お菓子作りも凄く上手くて落ち込んだっけ。
なんて考えていると、いつの間にかトーマが知らない人になって行くみたいで悲しかった。


「…………!?」


するとその時、ゲージを大きな揺れが襲った。
一瞬、誰かがゲージを揺らしているのではないかと錯覚するくらいの揺れ。身体をゲージの柵で打ちつけ、痛みを感じる間もなく近くにあった本棚からバラバラと本やらゲームやらが降ってきた。

地震だ…。

そう感じるまでに時間はかからなくて、私は咄嗟に、

「トーマ…っ!」

と叫んでいた。
キッチンの方で食器が割れる音がする。
もしかして、盛り付けるお皿を出そうとしていたのだろうか?

暫くして揺れが収まり、私はゆっくりと部屋を見回した。
かなり大きく揺れたのか、家具の配列こそ変わってはいないものの、物があちこちに散らばって部屋が無茶苦茶になっている。

「…マイっ!大丈夫か!!」

キッチンからトーマが走ってきて、慌ててゲージに駆け寄ってきた。こくこくと首を縦に振れば、ほっとため息をついてトーマが微笑んだ。

「よかった…ゲージは頑丈にできてるから、上からの衝撃には耐えられるだろうけど、なんか割れたりしてたらお前逃げ場ないからさ」

迂闊だったなーと口元に指を当ててなにか考えるトーマ。その口元に赤いものが見えて、私は先程聞こえた食器が割れる音を思い出した。

「トーマ!出して!」
「ゲージから?悪いけどそれはできない。あちこちから物が落ちて危ないからね」
「じゃあ柵に、顔近づけて…」

気が動転して、口元を切ったのに気づいていないのかもしれない。早く早くと急かす私を不思議に思いながらも、トーマはゆっくりと柵に顔を近づけてくれた。
その顔に、口元に、そっと指先を伸ばす。

「…痛くない?」

恐る恐る聞けば、キョトンとした顔でこちらを見つめるトーマ。

「え?なに…?」
「口元…さっき食器が割れて切れたんじゃ…」
「口元…?…あぁ、なるほどな。マイ、手についた赤いの…舐めてみて?」
「え…っ」

自分の指を舐めてみればこれは…ケチャップ?

「怪我はしてないよ。食器棚開けっ放しだったから、食器はかなりやられたけどなー」

後で買いにいかなきゃな…なんていうトーマを前に、身体から一気に力が抜けた。
よかった…勘違いだったんだ…そっか、そっか…



「お前…っ、なに泣いてんの…」
「へ…?ぁ…」



トーマに言われるまで気付かなかった。
ほっとしたからか、頬をつーっと涙が伝う感触。

「怪我したんじゃないかって…心配で…」
「あのねぇ、お前分かってる?俺がマイを閉じ込めてるんだよ?そんな俺をお前は心配しなくていいの。まぁ、俺が意識ないくらい怪我してたら、そこから出られなくなるから心配するのも分かるんだけどさ」
「…そうじゃないよ!トーマは分かってない。トーマが私を閉じ込めているからとか、ここから出られなくなるから心配していたんじゃなくて、トーマの事だから…トーマだから…心配したんだよ」

ぽつりぽつりと感情を吐露するのを、トーマは黙って聞いていた。表情を変えずに、私の話すことに耳を傾けて。

「同じ空間にいるのに…嫌だよ。地震の間も不安だった…」

時間にしてみれば短かったのかもしれないけれど、このゲージの中で感じる揺れは、想像以上に不安と恐怖を掻き立てられる。

「私…どこにもいかないから。トーマの言うこと守るから…せめて大丈夫だよって安心させて。抱きしめて…」
「マイ…」
「信用できない?だったら手錠かけてもいいよ…だからトーマ、お願いっ」

私のお願いを聞いて、トーマがフーッと長い息を吐いた。そして、かちゃかちゃとゲージの鍵を外してくれる。
ゲージの扉が開いて、私はされるかもしれない手錠を忘れてトーマに飛び付いた。

「お前ね…反則。俺が思いっきり悪い人みたいじゃん。実際そうだけどさ」
「トーマは優しいよ。心配して見に来てくれた」
「当たり前でしょ…お前の事だよ?食器頭から浴びても飛んでくるって」

それはちょっと嫌だなぁなんて思いながら、トーマに擦り寄るとぎゅっと抱きしめ返してくれた。久しぶりにトーマの体温を感じて、安心すると同時に胸が高まるのを感じる。

「地震の時さ、俺の事呼んだだろ?すぐこれなくてごめんな」

私の髪に顔を埋めて、そっと頭を撫でながら、トーマはぽつぽつと呟き始めた。

「俺、お前の事になるとおかしくなるんだ。今の生活だっておかしいの分かってるよ。でも…お前になんかあったらと思うと俺…」





*私は大丈夫だよ!
*私はトーマから離れたりしない




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