04







『…お前が、あいつのことを忘れられないのは分かっている。だけど、今日だけは…俺だけを見てくれ、俺を愛してくれ…、頼む……』

私を抱きしめながら、一樹は消えてしまいそうな声で呟いた。私の知ってる一樹じゃなかった。
もっと横暴で強引で、あの悪戯っ子のような顔で私の頭をくしゃりと撫でて、『ばーかっ』なんていう貴方は何処にも居なくて、普段と違う一樹にドキドキさせれて脈打つ私の心臓。

「あ、あの…一樹…」

ねぇ、どうしよう?
私…貴方の事が気になってる。一樹の事もっと知りたいよ…
そんな風に伝えたかったのに、抱きしめた手を緩めた一樹は、もう元の彼だった。

「…ばーか、簡単に抱きしめられてんなよ」

私の頭をくしゃくしゃと撫でながら、一樹は軽快に笑った。私は言葉の意味が分からなくて、ただ立ち尽くして彼を見つめるしか出来ない。

「隙だらけなんだよ、お前は。そんなだから騙されるんだ」
「なに…」
「あーあ、仕事する気が失せた。もう遅いし、帰るか。姫もほら、ぼーっとしてないで手伝え」

こっちの書類をそのファイルに挟んでくれって指示を出す一樹に、私はもうなにも聞けなくなってしまった。

さっきの言葉は、行動は…なんだったんですか?
王様の気まぐれですか?
答えは私の中では出るはずもなくて。









結局、生徒会室を適当に片付けて、私たちは帰路についた。先程の事もあって口数は少なくて。訊ねたい気持ちと、そうさせない空気が居心地を悪くして、気が付けば寮の前まで来てしまっていた。

「ほら、着いたぞ」
「ねぇ、一樹…」
「……気まぐれだよ」
「……」
「お前が思ってる通り、俺の気まぐれ。変に期待させたなら悪いな」

やっぱり気まぐれだったんだ。そうであると分かっていたのに、納得できない心。理由はもう分かってるの。だから、気まぐれにして欲しくないって、私の本音がそう告げていて。

「分かっただろ?男は簡単に信用しちゃいけないんだ。もう騙されんなよ?」
「なにそれ…わかんないよ…」
「今度こそ、もう二度と逢うことはない、約束する。だから、俺のことは綺麗に忘れて、元気に過ごせよ。…じゃあな」
「待ってよっ!」

私の制止する声も聞かずに、一樹は牡羊座寮の方に身体を向けて、私を見ないようにして行ってしまった。

「二度と逢うことはないって…」

じゃあ、気付いてしまった私のこの気持ちはどうしたらいいの。私、貴方の事が…

「好きだよ…」

自覚した気持ちを忘れて過ごすなんて出来ない。でも、この広い学園で意識してしまえば本当に逢うことがなくなってしまう事を私は知ってる。逢いたい気持ちが双方になければ、逢うことすら叶わないのだと。


貴方を意識したのはいつ?
生徒会室で抱きしめられたから?
ううん、違うよ。
きっと私の事を見てくれてたって、私を守ってくれたって気付いた、あの瞬間から…
私は貴方に恋をしていた。






20120418
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