非の打ち所がない幸せ








東月の言葉が頭の中でぐるぐる回って、俺は愕然としていた。自分が罰せられるなら仕方ないと割り切れるだろう。自分のせいで月子が怖い想いをした事は消せない過去なのだから。でも…

「東月…」
「そういえば彼女、遅いですね」

東月が思い出したように口を開いた。確かに教室に忘れ物を取りに行ったにしては少し遅いのかもしれない。いや、正直時間がどれくらい経っているのか検討もつかないくらい、この緊迫した空気は俺の神経を逆撫でした。

「、お前っ…まさか」
「どうかしたんですか?」

目の前で、人の良さそうな笑みを浮かべる東月。くそっ…と吐き捨てて、俺は姫が消えていった教室のある廊下へと走り出した。





姫に何かあったらどうしよう、そんな感情ばかりが自分を支配しているのを俺は全身で感じていた。自分に近付く者は不幸になる、忘れたわけじゃなかった。でも毎日が幸せで、本当に非の打ち所がない幸せがそこにあって…それに陶酔しきってきた。

「…姫っ!」

立ち止まり、廊下の壁をダンっと叩きつける。握った拳が痛い。走ったため乱れた呼吸と、自分を取り巻く不安に俺は息の仕方を忘れたように、不安定な呼吸を繰り返した。

「…一樹?」

名を呼ばれ顔を上げると、愛しい姫の姿。大丈夫?と駆け寄ってきた姫を強引に引き寄せて抱きしめた。姫の体温を、呼吸を近くに感じて安堵。

「な…なに、どうしたの」
「よかった、無事で…」
「…?」

何がなんだか分かっていない姫は、首を傾げながらも傍に居てくれた。自分にはやっぱり彼女が必要で、もう手離して姫なしで生きていくなんて無理なのだ。そう、自覚した。
腕の中で、変な一樹…と笑う姫が何故か儚いものに感じて、その存在を確かめるように、腕に込める力を強くした。


どれくらいそうしていたのだろう。呼吸が上手く出来るようになって、煩かった鼓動が少し治まり始めた頃、姫はゆっくりと俺から離れた。離れ行く体温に焦る心。

「なぁに?そんな顔しないの」

小さな子を宥めるように姫が微笑む。そんなにひどい顔をしていただろうか。東月に宣言されたことが、脳裏から離れなくて気持ち悪い。拭いたいのに拭えない。

「なんでもない」
「そうは見えませんけど」

本心を聞き出す気がないのか、それとも俺を心配しているのか。茶化すように尋ねてくれる姫が有り難かった。東月との事は姫には言いたくない。不安にさせたくもないし、俺自身忘れてしまいたい事だから。

「帰ろっか?先生に怒られちゃう」
「…そうだな」
「琥太郎先生とか、怒ると怖いんだよねー」

姫があんまり無邪気に笑うから、つられて口許が緩んでしまった。この笑顔を守りたい。昔は無力な自分のせいで月子から笑顔を奪ってしまったけれど、姫だけは守りたい。この不安定な俺の力がどこまで役に立つかは分からないけど、もう手離すのは…嫌だ。

「姫、ずっと俺の傍に居ろよ?」
「傍に居るよ?今日の一樹はホントに変」

クスクス笑って帰路に付く姫の背中を見て、何故か少しだけ胸がざわついた。







(お願い、消えないで…
キミ無しではもう
生き方が分からない)

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20120303




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