もうこの唇に触れるものはない
「ぁ…それ美味しそう」
食堂で初夏の新作のパフェを頬張っていたら声を掛けられた。顔をあげれば、舞花がテーブルを挟んで立っていた。
「新作だそうだ」 「みたいだね、まだ見たことないからそうかなって」
椅子を引きながら楽しそうに舞花は微笑む。長年の付き合いから、自然と次の言葉が溢れた。
「…一口食べるか?」
その言葉を待ってました!とばかりに頷く舞花。本当にこいつは抜け目がないと言うかなんと言うか。
「はい、あーん」 「む、なんだ?」
俺の前で口を開けて待つ舞花に問うと、食べさせてと返された。
「はしたないといつも言っているだろう」 「…っと、言いながらも私の口に運んでくれる、優しい宮地様なのでした」 「まて、話を進めるな」
いつも舞花のペースに乗せられて口に運んでしまうのは自分なのだが、さすがに付き合ってもいない舞花にするのには気が引ける。 毎回何度も拒んでは敗けを繰り返しているのに、先の『一口食べるか?』が出てしまう辺り、自分はなにかに期待しているのだろうか。
「…とにかく、運ばなければ食べないのならやらん」 「えー…」 「諦めろ」 「…じゃあ、」
舞花が身体を乗り出して、何をするのかと見ていたら、唇に柔らかい感触。それが舞花の指先だと言うのに気付くまで数秒。
「龍之介の口についてるの貰うから」
指先についたパフェの欠片を舐めとりながら、悪戯な笑みを浮かべる舞花。 顔が真っ赤になるのを感じて、俺は食堂に響くくらいの大きな声を上げてしまった。
もうこの唇に触れるものはない
(頼むからはしたないと怒らせてくれ) (でなければこの煩い心臓の音が聴こえてしまうから)
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20120603
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