「気色のわりィ奴だな」

吐き捨てられた当のオッサンはそうなのか?と不思議そうに首を傾げながらそれでも顔に笑みを貼りつけていた。そういうところが気色悪いと言っているわけだが、どうやら言葉を無駄に使っただけだったらしい。この番轟三という男は出会った当初から心底気色の悪い男だった。心理操作が効かないところも勿論気味が悪い要素の一つだが、まずこのオッサンの気味の悪さの大元を占めていやがるのは、その解読の手が完全に弾かれる心理そのものだった。裏側へ伸ばした瞳を表面が確実に弾いていく。裏腹という言葉とこいつはあまりにも縁がなかった。人として異常なほどに。仕事として心理を扱っているこっち側としては、気色悪さは際立つどころの話ではない。こっちからすりゃァいっそ不気味なのだ、こいつは。

「むう、実はな、よく同僚や上司からも言われるのだ。オマエは正義に盲目すぎて気持ちが悪い、と」
「はあ、確かにそっちも毎日うるせェな」

怒ってまた非ジャスティスだなんだと叫びだすかと思ったが、オッサンは案外冷静に応えながらサングラスのアーチを押し上げた。正義でごたついた騒がしい瞳が黒の中に紛れる。この瞬間がいつもどうにも好かない。目の前のものが確実性を帯びた異物に変化したような錯覚さえ感じるからだった。正義に対する執着についてはウゼェぐらいにしか思わねェが、その奥底に根付く何かは絶え間なくこっちをざわつかせる。それからオッサンはべらべらと自分の正義観についてを勝手に語りはじめた。

「しかしジブンはただ正義を信じたい一心なのだ。時に正義は人を裏切り、人は正義を裏切る。だがジブンは出来る限り正義を裏切らず、正義と共に生きてゆきたい。そう思っているだけなのだ。だけなのだが、どうやらそういったジブンの態度が人にとっては空気が読めないだとか盲目が過ぎるだとか、そういう風に捉えられてしまうらしい。仕方がない話だが…」

こっち側にとっちゃ薬にも毒にもなりやしねェ退屈な暇つぶしだった。だがこのオッサンにとってはいちおう大事なポリシーについての語りなのだろう、目に灯る火が確かに普段の比じゃあない。
…と、思うはずだった。というのもおかしい話だが、そうやっていつものようにウゼェオッサンだと思って終わるはずだったのだ、本来ならば。しかしその本来は何故か訪れることはなかった。オッサンの心の中にあるはずの感情の波が、おかしいくらいに見えなかったからだ。こいつはいまこいつにとっての専売特許を話している。ならばその熱意だとか思い入れだとかが、俺には特にイラつくぐらい伝わるはずだ。しかし、その鉤裂きは、死んでいる。死んでいた。意味がわからねェくらいに、オッサンの感情が読めやしねェわけだ。心理操作もクソもねェくらいに。何があってこんなことになっているのかが全く理解できない。こいつは本当にオッサンなのか、そんな思考にまで及ぶほどに、今の目の前の男は普通じゃあない。…人間だよなこいつ?

「しかしやはりユガミくんもジブンのことを空気が読めないだとか、そういう風に思っていたわけだ」

演劇じみたわざとらしさで声のトーンがどんどんと降下していく。今までで一番不気味だった。演じているのか被っているのか、オッサンはばりばりと変わっていく。そのサングラスの向こう側にある瞳が色を無くし始めていることぐらい気づいているに決まっていた。「顔」が消えていく。なんだその異常な表情は。やがてオッサンらしきものはぽつりと言葉を吐いて、そのあまりにも露出したムジュンにいっそ吐き気すら覚えた。おそらく俺は、とんでもないものに捕まってしまった。

「すこし、悲しいな」
「…、アンタ本気で気色悪ィな」
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