「露伴ちゃん、大きくなったわね」

杉本鈴美は今日もぼくにそんな戯れ言をほざいてにこりと微笑んだ。もう何回目だ、その言葉は。彼女は隙あらばぼくの顔や手や足を見て驚いたような顔をする。何をそんなに驚けるのかぼくにはまったくわからない。あれから15年が経っているんだぞ、君の記憶の中で笑う5歳の少年だったぼくはもう20歳の大人になっているんだ。そりゃあ君より大きくなるに決まっているじゃあないか。それに加えて君は5歳のぼくと戯れていた日々の中から抜け出せずにずっといる。壊れた時計みたいにただそこにあるだけだ。ぼくはもう君のこと鈴美おねえちゃんだなんて呼ばないが、君は未だにぼくを露伴ちゃんと呼ぶ。つまりそういう話さ。だからぼくは杉本鈴美にこう言ってやった。

「ぼくが大きくなったんじゃなくて、君が変わらないだけだろう」

言い終わると同時に、ああ、良くない、と思った。口に出すまではなんともなかったその言葉が、いま刃物になってぼくのふやけた思い出とたぶん彼女をすこしだけ傷つけたような、そんな気がした。杉本鈴美は目をぱちくりと瞬かせ、その大きな瞳に眉間に皺を寄せたぼくを映している。なんだか心地が悪くて、ち、と小さく舌打ちをした。しかし鈴美がぼくを見据えたのはほんの一瞬の話で、彼女はすぐに確かにそのとおりだわと言って笑う。その反応がぼくにはまたあまり快適ではなくて、ふいと鈴美から目を逸らした。

「忘れろ」
「え?」
「今の言葉は忘れろと言ってるんだ。お互い気持ちのいい言葉じゃないだろ。なんならヘブンズ・ドアーで忘れろと書き込もうか」

鈴美はまた目を丸めた。よく驚く女だ。少しして彼女はなぜかくすくすと笑い出し、ぼくに一歩近づいた。それに合わせて足元のアーノルドも一歩だけ動き、その尻尾が楽しげに揺れる。鈴美はなんと反応すべきかわからないぼくを見つめて口元を緩めた。

「いいのよ露伴ちゃん、あたし気にしてないわ」

その笑顔を見て、ぼくは忘れていた遠い日の1日に触れた気がした。風が生ぬるく頬を伝い、彼女の髪を揺らしている。
彼女はまるでぼくよりもう何年も歳をとっているかのような口振りでぼくと話をする。体感時間で言えばそのとおりかもしれないが、しかし彼女はまだ16歳だ。それはこれからも同じで、杉本鈴美は永遠に16歳のままである。しかし奇妙なことに、20歳のぼくとしても杉本鈴美は年上の印象から動かずにいた。彼女の背は確かに今のぼくより小さいが、ぼくにとっての彼女の本質は、おそらく15年前から変わらず大きいままだ。記憶が損なわれているから確信はとれないし、もしそれが正解だとしても本人には絶対に言わないが。身にもならない思考を巡らせながら無駄ににこにことしている鈴美を見ているとなんだか妙に胸のあたりがそわそわとしたので、一度彼女に向けた視線をぼくは下に投げた。アーノルドが舌を出してぼくを愉快そうに見つめている。

「それにしても露伴ちゃん、もうすっかり可愛げなくなっちゃったわね」
「余計なお世話だ」

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -