目を覚ますと、そこにはシーザーがいた。レストランみたいなところで食事をしているおれとシーザーは、二人してスパゲティを頬張っている。テーブルのおれが腰掛けている側半分に見事に散乱したスパゲティソースや具材を見てシーザーは「食べ方が汚すぎる」と眉を吊り上げて怒っていた。シーザーの食べ方は腹が立つくらいきれいだった。そのうちシーザーは大きなため息をつきながらテーブルの脇に置いてあったワインをグラスに注ぎ始めて、それをけっこう乱暴にあおる。もし今こいつが女と来てたら絶対しないような飲み方だ。おまえも飲めよとワインをこっちに向けるシーザーの顔は、まだ飲み始めたばかりだというのにわりとだらしがなかった。さっき怒ってはいたがそれは戯れ程度のもので、シーザーはいまとても上機嫌なのだ。やつの仕草や酒の回りの早さなんかがそれを顕著に表していた。さて、おれはフォークの銀に細切れに映る自分の顔を見つめてみる。これは夢だ。夜と願望が作り出した、悲しいくらいに幸せな夢だ。自覚は冷たくさめざめとおれの心を襲った。ここにシーザーがいるはずはない。生きてるわけがないのだ。だってあいつ、死んだんだぜ。もうずっと前にさ。ちくりという痛みを胸に感じながら、どんどんグラスを空にするシーザーを一瞥する。その顔はもうすっかり赤らんで、なんだか知らないがやたらにやけていた。もう20歳になっていたはずのシーザーの顔は、まるで子供のように破顔している。20歳。まだ20歳なんだなあ、こいつ。今は18歳の姿に戻っているが、現実のおれはもういくらか歳をとった。皺だって増えたし白髪も混じってきたよ、嘆かわしいことにな。でもこいつはまだ20歳で、この先もおれの中でこいつはずっと20歳のままだ。一緒に歳とりたかったな、とか、おっさんになってもこいつキザ野郎のままだったかな、とか。いろいろと思った。一緒にいろんなとこ行ったり、お互いのいろんなこと知ったりとかしたかったな、なあシーザー。おれたちお互いのこと全然知らねーんだぜ。おまえが飲んだらそんな風にバカみてーに無邪気な笑い方するのも今知ったぐらいだ。まあ、これはおれの想像が作り出してる可能性のほうが高いけど。なにしてんだスカタン早く飲め、シーザーがそう言って急かしてくる。鼻歌とか歌い出しちゃってるからもうものすごくいい気分なんだろう。それがへんに悲しかった。まだ怒っててくれたほうがマシだったかもなあ。寂しい朝に放り出されるのがどんどん億劫になってしまう。

「娘とかさあ」
「あ?」
「おまえに見てほしかった」

夢の中のシーザーはまだ20歳だ。こんなことを言われたって、きっとなんのことかわかりやしないだろう。でも見てほしかった。すげー自慢したかったのよ。だってうちのホリィってマジでかわいーんだぜ。あ、でもやっぱり紹介できてなくてよかったのかもしれない。こいつスケコマシだしなあ…。

「シニョリーナ・ホリィ。うん、きれいな名前だ」

不意にシーザーは言った。ワインに酔わされて、でも芯をしっかり持った瞳をおれに向けている。さっきまでだらしなくまとまりのなかった唇は、慈しむようにやさしく綻んでいた。それだけでなぜかすべてを包み込まれたような気分になるのだから、ああ、年月ってけっこう無力なものなのかもしれない。

「大事に育てろ。たくさん愛してやれよ」

それと、浮気はほどほどにしとけ。と最後に太い釘を打ちつけたシーザーは、やがて渦を巻き始めた世界に吸い込まれていってしまった。最後までシーザーは笑っていて、そこに悲しみや寂しさの色は見いだせなかった。ただひとつ例外だったのは、最後の一瞬間にちいさく震えたまつ毛。あれは何を意味していたのかと考えようとしたが、夜はおれの体を朝の光に明け渡してしまったようだ。ちゅんちゅんと呑気に鳴く通例の鳥のさえずりが1日の始まりを告げる。耳にそのBGMを刻みながら、おれはゆっくりと目を擦った。目元は女々しく濡れていた。
はっきり全部、珍しいくらいに覚えている。夢の中のシーザーの言葉や動き、その全部を。忘れられないだろう、たぶん、一生。心の隅であの夢は生き続ける。シーザーは実体をなくして尚、おれに新しい記憶を与えていったのだ。そして、記憶以外にもシーザーがおれに与えていったものがある。それは自覚だ。何十年もの時を超えた自覚が、いま真新しくおれの血の中に流れこんでいる。あまりにも緩やかな自覚は、夢の中で見たあいつの笑顔にひどく似ていると思った。ひょっとしておまえもそうだったのかとか、考える気はべつにねーけどさ。

「シーザー」

かすれた声が出た。朝だからしょうがない。シーザーが返事をしてくれないのもしょうがない。さみしさの残り香を追い払うようにベッドから起き上がり、窓の外を見つめた。そこでふと震えるまつ毛のことを思い出し、何気ないようないとおしさに笑みを漏らした。なあシーザーちゃん、さっき気づいたんだけどさ、なんかおれおまえのこと好きだったらしいぜ。今さらおせーよっておまえ笑ってんだろうなあ。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -