※ジョナサンが病んでる
※ディオのテンション?性癖?がおかしい
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朝起きたら夜だった。いや、さすがに比喩だが、実際目覚めて最初に感じたのはこんな印象だったのだ。どうやらぼくは目隠しをされておそらくベッドのようなところに転がされているらしい。どうしてすぐに目隠しを外さないのかというと、ああ煩わしいことに、両手や両足が縄らしき何かで縛られているからだ。ついでに口元もハンカチのような布で縛られているので呼吸がわりと苦しい。これらを総合して見ると、身動きがまったく取れない時点で今のぼくはなかなかに危険な状態であるだろう。しかし頭を支配するのは恐怖なんかではなくただただ大きな怒りだった。このディオによくもこんなことができるものだという怒りだ。というか縄がきつくて痛いんだよ。誘拐か監禁か、まあなんだか知らないがたとえ如何なる犯罪者であってもぼくに対するこの行いは許されるべきものではない。どうにかして犯人を痛めつけて、場合によっては殺ってやるとしよう。しかしもうかれこれ30分はこのままなのに、犯人の気配が一向に現れない。それどころか物音のひとつだって聞こえやしないのだ。ここはいったいどこなんだ?今はいったい何時なんだ?ぼくは今どんな状態なんだ?静寂は様々な疑問を浮き彫りにさせるだけさせておいて、ただじりじりと秒針だけを進ませる。ぼくを待たせるとは本当に、いい度胸をしているじゃあないか。苛立ちがだんだんと積み重なりついに許容量の限界に踏み入りかけた、その瞬間だった。ドアの開く音が派手に静寂を切り裂く。落ち着き払った足音は、どうやらこちらに向かっているようだった。ついに犯人が現れたようだ。これからこのぼくに何をするつもりかは知らないが、きさまなんぞに屈するディオではないぞ。むしろきさまは最終的に地を這いぼくの靴を惨めったらしく舐めあげるはめになるのだ、それまでせいぜい優位に立った気分というのを味わうがいいさ。不愉快に響く足音はぼくのすぐ傍で鳴り止む。それから少しの間またしんとした時間が訪れたかと思えば、何かが目隠しに触れる感触を覚えた。これは犯人の指だろう。その穢らわしい指はなぞるように目隠しをゆっくりと撫で、ようやく離したかと思えば今度はぼくの唇を緩慢な動作でなぞった。気色悪いったらありゃしないが、抵抗もできないのでひたすらに不快感と戦うしかない。じっと耐えていると、やがて犯人が別の行動をとり始めた。もう2、3回ぼくの唇の形を確かめるようになぞってから、おもむろに布を外し始めたのだ。ああ、やっとこいつに罵声を浴びせられる。糸を引く唾液に眉を寄せつつも密かに歓喜した。きさまがついさっき汚らしくなぞっていったこのディオの唇で最高の罵詈雑言を投げつけてやろう、そして人間としての自信を失ったきさまをぼく直々に殺してやるよ。そう胸中でひとりごちて、奴が布を外し終えたときを狙って言葉を押し出そうとした。が、それは叶わなかった。奴は布をとってすぐに、目隠しを外したのである。眩い光が唐突に目を刺す。思わず一度瞳を閉じてしまった。次にうっすら瞼を持ち上げたとき、最初に目に入ったのはやたらと装飾を施した天井。次に視界の上方向に、ベッドヘッドがちらついた。ちらついたのだ。いやに見覚えのある、ベッドヘッドが。見覚えなんてもんじゃない、ぼくは毎日これに酷似したものを見ている。だってそれは自室にあるのだから。ということは、ここはぼくの部屋か?ぼくは自分の部屋で監禁されていたということなのだろうか。と、ここである点に気がついた。ベッドヘッドのデザインが、自室のものと同じようでほんの少しだけ違ったのだ。ここはぼくの部屋じゃあない。まずはその事実が確定する。じゃあ、次に確定する事実といえば、…と、いえば? 考えが及びかけたところで、思考は強制終了を余儀なくされた。犯人が、喋ったのだ。そう、犯人が。

「ディオ」

どんな声かって、もはやぼくに説明する義理なんてない。ぼくはこれを毎日毎日まいにち隣で聞いて、まいにちこれと話を、している。どんな声かってそんなもの、馬鹿でマヌケでカスでどんくさい、そんな声だ。紳士になるだとか阿呆らしいことをのたまう声だ。ぼくは知っている。頭の中が消しゴムで消されたみたいに歪に白くなって、へんに鳥肌が立った。

「ジョジョ」
「いきなりこんなことをしてすまない」

ベッドサイドに立つ犯人の顔を見ると、ああ頭に思い描いたとおりのそれが刷られている。いつもどおりに甘っちょろい笑顔を浮かべているおまえは、本当にぼくの知るあのマヌケなのだろうか。それじゃあなんだ、ぼくをこうして非道に監禁した奴の正体は君だっていうのか?紳士を目指している君がわざわざこんなことをしたって?こんなわかりやすい悪に、手を染めたっていうのか。息が荒くなって、心なしか手足が震える。心拍音が耳につく。

「どうしてぼくに、こんなことを」
「だって、もうぼくには君しかいないから」

ジョジョは笑っている。ジョジョのくせに、あんまりにもきれいに笑っている。薔薇のようだ。不本意だけれど、今のこいつはすごく、きれいだ。ジョジョはぺらぺらと、いつもより饒舌にこう語った。君に何もかもを取り上げられたおかげで、もうぼくには君しかいない。その君さえどこかに行ってしまったら、ぼくはついに孤独になってしまう。だからもうどこにも行かないでくれ、と。ずっと一緒にいてくれと、ジョジョが言うのだ。あいつが、ジョジョが言うんだぞ。理想論ばかり振り回して潔癖な、どこまでも甘ちゃんなあいつが、ぼくの気持ちを推し量ることさえもせずに、自分の腐りきった欲望をぼくにただただぶちまけているんだぞ!ああ、頬が紅潮する。頭痛さえ感じる。口元が、緩みそうになる!いま両の手が自由ならば、ぼくは迷わずその手で自分の体を抱きしめていただろう。この迸る魂をその場に押さえ込むために。
正直、ジョジョがぼくの名を呼んだ先程のあの瞬間に、ぼくは、ああぼくは勃起していた。体中の血という血が一挙にある一点へ集約するという化け物じみた性欲をこの身で感じた。はしたないだとかいやらしいだとか、生娘が使うような言葉じゃ何一つ足りないくらいに、ぼくは、興奮しているのだ。あいつの狂気に。ジョナサン・ジョースターの影に。自分でも惨めだと思えるほどに興奮している。ああ。喉がからからに渇く。顔がばかみたいに熱い。ジョジョから視線を剥がせない。馬鹿げた話だが次にジョジョがどんな闇をもってぼくを飲みこもうとするのかを考えると、もう、爆発しそうだった。

「ねえ、ディオ」
「…、なんだい」
「君には好きなように生きてほしいんだ」
「…は?」

途端に奴の闇は形を変えた。今のジョジョの心の中がまったく読めない。いつもはもっと、必要以上にわかりやすいやつだっていうのに。諭すような口調のジョジョは、その目に濁りさえも携えていた。

「君が何かを望むならいくらでも与えるよ。君の望みはなんでも叶える。当然だけどこの部屋では君が一番だ。君が王様なんだ。なんだって君の好きなようにできるんだよ。でも、ひとつだけ。どうしてもできないことがある」
「なんだよ、それは…」
ふふふ、とジョジョは笑った。なんだかいやに嬉しそうだ。ちり、と胸の奥が焼けるような感覚に襲われる。思わず胸を押さえて、浅い呼吸のままジョジョの混濁しかけた瞳をじっと見た。するとジョジョは、どこか愛おしげに目を細める。そして緩慢に上唇を持ち上げ、とても穏やかな声音をぼくに降らせた。

「ここから出ることだけは、何があっても絶対にできない。許せないんだ」

すまないけれど、とジョジョは紡ぐ。その声には確かに申し訳ないという感情と、誠意みたいなものが内包されていた。けれど、それ以上に感じ取れるのは強靭すぎるほどの意志であった。まるで固く閉じられたカーテンのように、そこには隙なんてものがない。もうこいつの『ぼくをここから出さない』という思いは固まりきってしまっているのだ。この状態のジョジョはもう誰になんと言われようと絶対に決めたことを曲げはしないだろう。ジョジョとはそういう、愚直に一直線な男だ。今回のこれは、ただ今まで馬鹿正直に信念や正義のためにばかり使ってきたその意志を、自分の欲望のために使ったというだけ。しかしそれがどれくらいの大きな変化かは、きっと当人なんかよりぼくのほうがよっぽど知り得ている。つまり、もう、だめなのだ、こいつは。ぼくに打ち墜とされてしまったのだ。ジョナサン・ジョースターという男はついに、このディオ・ブランドーに白旗をあげてしまったのだ。惨めったらしく、ぼくに縋って。ぼくしかいないだなんて口にして。こいつを腑抜けにしてやろうというぼくの作戦は、あえなく成功した。ぼくは勝ったというわけだ。こいつに対する完全なる勝利を、この場で勝ち取ったんだ。…いや、しかし。そう決めつけるにはまだ早すぎるのではないか、と。ぼくはジョジョの瞳を睨みつける。奴の中のうっとうしい炎はまだ、火の粉としてそこを飛び交っている。それを見るに、完全なる勝利はまだ、ぼくの手中に収まっていないらしかった。まだジョナサンの信念は生きている。彼の支離滅裂な要求は、ぼくへのせめてもの反抗。信念の延長線上の産物だ。その姿は醜く歪みきっているが、問題は形を為しているという事実。熱がひっきりなしに産まれていく気配を肌が痛いくらいに感じ取っている。ぼくはまだこいつを陥れきれていない。まだこいつは、ここまでされておいてまだ、ぼくへの敗北を認めやしない。その信念を折りやしないのだ!あまりの熱に頭がぼんやりと滲み出す。はあ、と重い吐息を吐き出しても、体内に孕んだ熱はまた吐き出した分だけのそれを補充した。ぐんにゃりと、世界さえ歪になってゆくようだった。

「ジョジョ」
「なんだい、ディオ」
「ぼくの全部が欲しくはないのかい」
「体はもらおうと思っているけれど、心までは望んでいないよ」
「ぼくは君のすべてを奪いたいけれどね」
「おかしなことを言うなあ、ディオ。君はもうぼくからすべて奪っているじゃあないか」

本当に可笑しそうにジョジョは笑った。ぼくも彼に続いてはははと笑い声をあげる。馬鹿だな、おまえ。おまえはまだその強固な精神力を持っているくせして、それに気づいていないだけなんだ。すべてだなんて言えたもんじゃないさ。いいぜ、その愚考に付き合ってやるよ。ぼくがおまえからすべてを完璧に奪いつくすそのときまで。この部屋でおまえからじっくりと何もかもを取りあげて、そしてなんにもなくなったおまえを捨ててここから出ていってやる。このディオのさらなる飛躍のために、おまえの精神を踏み台にしてやるよ。ふと脳裏に、完全に光の消え失せたジョジョの瞳がよぎった。未だ想像でしかないそれを現実に変えていく過程を考えて、ああ、ぼくの興奮はより深く肢体に絡みついた。

「ジョジョ、ぼくの体が欲しいって言ったよな」
「ああ、うん。欲しいというか、もらおうと思っているって言ったね」
「はは、このぼくに随分な口が聞けたもんだよな。まあそれは今はいいさ。それよりもジョジョ、このぼくの体をもらうってことがどういうことなのかぐらいは、もちろん承知の上なんだよなぁ?」
「…いやらしい目だなあ」

無駄に紳士ぶった苦笑を浮かべながらも、奴もそれなりに高ぶっていたらしい。ぼくの色のついた視線を受けるやいなやすぐにベッドに膝を乗り出して、ぼくの手と足を縛りつける縄を粗雑な動作で解いた。ぼくが逃げるという心配はこれっぽっちもしていないらしい。まあ、ぼくも今逃げるつもりはまったくないが。そもそも逃げるだなんて見窄らしい姿をこのディオが人目に晒すはずがないのだから。ジョジョ、と囁くように呼んで頬を両手で包みこんでやると、奴はぼくの片手を自らのそれでゆっくりと撫でつけてからぼくの名を呼び返した。そしてぼくに勢い良く覆い被さる。身に孕んだ熱の温度はこの瞬間、最高潮に達していた。すべて失ったこいつの瞳にぼくの姿を映すのは、きっと最高な気分なのだろう。ああ、楽しみだ。なあジョジョ。愉快で仕方がないおれは繰り返される幼稚を一手に受け止めながら、腹の底で絶えることなく笑い続けた。
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