「一緒にいこうよ」

泣きわめきながらそんなことを口にしていたクソガキを思い出した。一緒にこんなごみだめから出て、未来を探しにいこうよと。大好きな大好きなそのごみだめを指差して、捨てることもできないくせにクソガキは言っていたのだ。だから俺は願い下げだというひとことをぽつりとぶつけてやってから、自分のこめかみに堅くて重い警察のシンボルを押しつけた。そして、それから先はどうしたんだっけな。記憶の糸はぷっつりと途絶えてしまっているけれど、おぼろげながらに糸の先は赤く染まっていたように思えるので、まあつまりそういうことなんだろう。実に馬鹿らしい意地を発揮してひとつの世界を終わらせてしまったとは考えるが、俺にとって大切かと訊かれれば大切だと答えるくらいには重要な意地だったという話である。そしてまた変わり映えのしない4月が僕の視界を覆い尽くすわけだが、そんなことは今となっては慣れたものだしどうということでもない。ただふと脳裏を駆けたのは、あのあと彼はどうしたんだろう、という思考だった。俺の死を目の当たりにして、独りよがりを漫然と繰り返していた彼は何をおもったのか。それだけは少し知りたいと感じた。俺があのガキを知りたいなどと考えたことが今までにあっただろうか。確実になかったし、この先もないだろう。まあ俺は単に、自分のわがままが通らなかった子供にざまあみろと指をさして笑ってやりたいだけなのだが。それだけの意味しか持ってなんかいないのである。ああそろそろ出番だ、僕の正義を溝に吐き出しにいかないと。めんどくさい役だなあ。



「一緒にいこうよ」

あれよあれよと物語は進み、季節は俺が寒空を赤く染める12月にまで到達した。しかし俺の赤に一人っきりで武器も持たずにやってきたあいつは、またしてもバカみたいな台詞を口にしたのだ。この周で初めて二人が会った日なんてクソガキは俺の顔を見るなり恐怖と胃酸を道路に吐き散らしていたというのに。初めて俺が堂島の家に行くイベントでも目に涙なんか浮かべて台所へ駆け込んだくらいに、この周の彼は俺への拒絶反応が非常に顕著であったはずだった。だがしかし、何を思ったか彼はまた前みたいな愚か極まりない強制的ハッピーエンドを繰り返そうとしている。4月の俺は確か無残に飛び散った恋を抱えるあいつの思考を覗いてやりたいとひとり考えていたはずだが、丸出しにして見せられたそれは、俺に理解などできる代物ではなかったようだ。前回とはまるで違う穏やかな笑みを湛える男は、泣きわめくような真似は一切せず、駄々をこねる子供から受け入れることを知った大人のように顔つきが変わっていた。ああ、なんておぞましいやつなんだろう!幾重にも重ねられた不快感ばかりが俺を取り巻く。とにかく気持ちが悪くて、右手の中に小さく収められたハッタリでも飾りでも脅しでもない銃をもう片方のそれで静かに撫でつけた。無骨でひやりとした鉄の塊はただ重く、それでも手にするにつれてだんだん軽くなっている。いつかはこれを持っている感覚すらなくなって、造作なく自分を、そしてこいつを終わりにすることができるようになるんだろうか。なんて、当たり前のように代わり映えのしない春が待ち受けると思考している自分に苦笑した。新しい春はちゃんと待望しているさ。だってこのままじゃいつまでたっても新作のAVが発売されないもの。
彼を睨み殺す努力を怠らない俺となおも独りよがりに染められた笑みを絶やさない彼だったが、二人を包む薄汚れた沈黙は突如として切り裂かれることとなった。ぴりりり、と、なんだか遠慮がちに、平坦な機械音が空間へ割り入ってきたのだ。やんわりと耳をつんざくそれの正体は彼の携帯の着信音。ポケットから響くその未練を聞いてしまった彼は、ああかわいそうに、一気に焦りを表情へと反映させた。やっぱりねと呟く僕は静かに、飾りでも脅しでも、ハッタリでもない銃を自らのこめかみに突きつける。君が本当にすべてを捨てるというのなら、それをここに持ち込むのはタブーだったよ。またごみだめを捨てられなかったね、お疲れ様!僕は彼への罰とひとり称して、今回も自分を終わらせることに決めた。やあ、次はせめてマナーモードにしておきなよ。次があるかどうかは知らないけど。





「足立さん」

一緒にいこうよ。幾度に渡り季節は移ろい、すべて普遍に成り変わりかけた何回目かの冬。奴は俺の目の前で携帯を踏み潰し、ついに何もかもをなくしてそう言った。君は馬鹿なのかと訊いたら、よくわかりませんと一言。わからないけれどただ、俺といきたいんだそうだ。大切な大切なごみだめを捨てるほどに、執着に終着がなかったらしい。ばらばらになった携帯をちらりと見やる彼は、もうそれは悲しそうに、けれどもひどく幸せそうに目を細めている。彼の持ち合わせる飛び散った恋の結論は、ああそうか、こっちだったのかもしれない。何はともあれ、決めるのは俺だった。がらくたになった彼の安穏は寂しそうに赤の中に溶けこんでいて、もうあのときのように彼を揺らすこともない。これは君の出した実に馬鹿らしい答えだ。本当にかわいそうだなんて言葉を紡ぐ気さえ起こらず、俺はただ目前の少年を見た。彼は透き通るみたいにきれいで無垢な、あどけない子供の目をして俺のことをじいっと見つめている。泣きじゃくりながらごみだめを愛したあの彼ととてもよく似ていたけれど、根本にはくっきりとした違和が存在していた。恐らく彼はきちんと、すべてを愛してみせたのだろうね。世界や僕や、あと俺さえも。本当に君って不器用によく似た器用だ、そういうところが文字通り死ぬほど嫌いだった。ああ、そういえば彼の瞳を正面から見据えたのは今日が初めてだなあ、なんてことを思いながら俺はそうっと世界を瞬かせる。そうしてさりげなく自然に、きちんと決断してみせてやったのだ。

「やけになったわけじゃあないさ」
「うん」

ただ僕はもう死にたくない。みたいなことを口にすると奴はまたうんと頷いて、それから小雨を降らせる銀色を閉じた。ほんとうに無駄に、きれいに笑うやつだと思った。ありがとうなんて薄ら寒くて気色の悪い言葉を彼は使ったけれど、ノイズよりはいくらか耳障りもマシなものだね。さよならをし損ねた俺はとりあえず銃を置いて、おはようをし損ねた彼に口を開いた。一緒にいこうか。



お題お借りしました(htp://shindanmaker.com/225407)
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -