バッドエンドの1月あたり
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土砂降りのある日、僕の目の前にちょろちょろと一生懸命に足を急がせる影がひとつ。揺れる羽は直接的ではないけど言ってしまえば僕がこしらえてしまったものだった。我ながら酷い言葉を頭に浮かべていると思うが、彼女にとてもよく似合っている、と思う。走るそれはもうひとつの影に向かって息を弾ませていた。このまま僕が手を出さなければ、この子は彼のところにたどり着けるのだろう。そうして再会したふたりはどこに向かうのか。なんて、それは俺が一番よく知っているじゃないか。だから僕はきちんと彼女のおそろしく小さい手を掴んで引き止めてやった。幸いにも、彼はこの子の存在に気づかないまますこし先の道で傘をさして立ち尽くしている。

「な、に?」
「ダメだよ菜々子ちゃん」

掴んだ手は震えていた。雨だというのにそれはすこしも濡れてやいない。当たり前だ、彼女はもう天使になったんだから。菜々子ちゃんは驚きで見開いた瞳を僕に合わせて、あ、と声を漏らした。しかしすぐに視線を彼に戻し、駆け寄ろうと体を動かせる。僕は緩やかに腕を引っ張り彼女を制した。

「はなして、お兄ちゃんが」

涙声の彼女を引き止めるのは少し気が滅入る。けれどこのままこの子が彼のもとにたどり着いてしまうよりはマシだろう。そのほうが彼にとっては幸せなのかもしれないけどな、と道の先を見やった。彼は目の下に深い隈を刻んで、乱れた髪もお構いなしに道端の石ころを見つめてぶつぶつと何事かを呟いている。とても痛々しいというのが率直な感想だ。でも、彼はここに残したものが多すぎる。特別なんちゃら隊の子たちはどうでもいいとしても、堂島さん。あのひとのことを彼は置いていってはならない。なぜだか強くそう思える。

「お兄ちゃんに会いたい、おはなししたいの。菜々子、おかあさんに会えたんだよ。おかあさんすごくやさしい。菜々子元気にしてるよって、お兄ちゃんとお父さんにいいたいの」
「でもそうすると君のお兄ちゃんまで天使になっちゃうんだよ」

僕の言葉に、菜々子ちゃんは一瞬ぴたりと動きを止めて、自らの服の裾をぎゅうと握りしめる。そしてついに大きな瞳の泉を溢れさせた。ぼろぼろと流れるそれはとめどなく彼女の頬を伝う。ちいさな嗚咽はうまく雨の音に隠されていて、きっと遠くの彼には聞こえていないだろう。つまり彼は彼女の悲痛な叫びに気づかない、いいや、気づくことができない。

「会いたい、会いたいよ、おにいちゃん」
「そうだね」

そうだろうね、と呟く僕はいったいどんな顔をしているのだろうか。彼女の手を握り、傘の中にちいさな体を入れてやった。もうこの子は雨に濡れることなんてできないから、本当は意味がない行為だけれど。けっきょく僕はいつまでもごめんねとは口にしなかった。
その後、菜々子ちゃんの母親だという羽の生えた女性が彼女を迎えにきた。とても美人で、凛とした女性だ。あれが、堂島さんが選んだひとなのかと考え、やけに納得してしまう。ふたりの姿が見えなくなったところで手を振るのをやめ、彼のほうを見やった。彼は両手で顔を覆ってただ泣き崩れている。その様子を見つめつつ、もう天使はここに降りてこないだろうと悟った。雨はまだやみそうにない。


影天使
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