いつも静けさだけが波打つアルヴィンの瞳は、たまにふっと熱を持つことがあった。ちり、と、まるで星が散ったような、隕石が衝突したような、不思議で違和を思わせる目。初めて彼の中の熱を見たときは、彼から視線を外すことができなくなってしまったくらいに、そこは言い表せない魅力で満ちていた。赤い海が大きく波打ち眼球を舐めるように、しんしんと暴れる。嵐がすぐ傍で、誰にも気づかれずに巻き起こっていた。気づいたのは僕ただ一人だけ。アルヴィンは普段と何も変わらず、星を散らすのが当たり前みたいに隠すようにさらけ出しながら皮肉を交えて言葉を放り投げる。その光景を目にする度、僕はひっそり息を呑んだ。いつもそうして誰にも悟られず自然に欲を散らしていたことに、なんだかどうとも形容できない気持ちを抱いてしまったのだ。2人だけの秘め事を共有しているようで舞い上がっていたのかもしれない。本当は僕の独りよがりに等しい思いであるというのに、なんだか滑稽な話だなあと肩をすくめるのは最早日常茶飯事と言ってもいい。アルヴィンの瞳で打ち上がる波が引いていくそのときまで、僕はじいっと彼に視線を投げかけている。するとたまに視線に気づいた彼がこっちを見やって、にこりと量産型の笑みを押しつけてきた。そのあと彼はすぐに目を逸らすので、その笑顔に揺り動かされた心を宥めるため唇を舐めあげる僕のことなど知りもしない様子だ。当然、僕に気づかれていることだってわかっていない。彼の中では驚くほど敏感な部分と不思議なほど鈍感な部分とが共存していて、僕が送る視線に対してはその鈍感な部分が働いてくれたようだった。つまり結果的に、僕はアルヴィンの秘密をゆるりと誰にも悟られず掴むことができている。アルヴィンの欲情を知っているのは僕ひとりだけだ。

星が散った夜、アルヴィンはいつも静かに窓の外を見つめる。そして、必ずと言っていいほど外出していった。宿に一泊する際は同室であることがほとんどな僕は、それを熟知している。ちょっと行ってくるわ、なんて軽く言い放って扉へ歩むアルヴィンに、僕はうんとしか返さない。彼の行き先は詮索なんてしなくてもわかっていた。2時間ほど経ってそろそろと帰ってくる彼の香りが、きつい香水のにおいに変わっているのだ。さらに、シーツを鼻まで上げて寝たふりをしながらアルヴィンを盗み見れば、シャツの白い布地の上であかい痕が存在を主張していた。少しだけ引き伸ばされたようなそれは言わずもがな口紅によってつけられたもので、そういった知識の乏しい15歳の僕にさえ情事を思わせるのに充分なものだ。アルヴィンは、僕の知らない女のひととちぐはぐな夜を結んでいた。そういうことなんだろう。思考した瞬間にたまらず唇を噛んで、瞼を強引にくっつける。胸の奥でぐるぐる渦を巻くものの正体なんて僕は知らない。
珍しく僕たちが二人部屋に通されたその日も、アルヴィンはぎしりとベッドのスプリングを弾ませて立ち上がった。ちょっと行ってくる、とお決まりの台詞を置いていく。ベッドの上で宿の本棚に並べられていた古びた本の一冊に目を落としていた僕は、その一言でページを捲る手を止めた。すぐさまアルヴィンへと視線を移して、また僕の知らない世界へと身を溶かしてしまうの、と瞬時に脳裏で駆け巡る言葉に応じて小さく口を開いた。けれど彼の後ろ姿を前にすればすぐに閉口してしまう。アルヴィンが何をしていたって僕にはなにも関係がないのだから、干渉なんてしなくてもいいし、むしろしてはいけない。彼の勝手だ。いってらっしゃい、と言葉を取り繕おうと再度口を開く。けれども、僕はまた言葉を閉じ込めることになった。ちらりと見えたアルヴィンのひとみに乗る欲が、僕の感情の海底から僕でさえ知らないなにかを引きずり出した気がして。手や足が痺れるような、ふわふわとした不思議な感覚が押し寄せる。そしてそれはすぐに圧迫されるような熱へ形を変えていった。気づけば僕は指先に募らせた焦りを放熱しようと、縋るように彼のコートを右手で掴んで左手の指をシーツに食い込ませていた。はあと吐き出した息は驚くほど熱を持っている。

「…なに?」

優等生、アルヴィンが目を丸くしながら顔だけをこっちに向けて、そう呟いた。ここで口にする言葉を用意していなかった僕は、ただ彼の陰った赤を見つめることに徹する他ない。彼のコートを掴む指の力を強めると、目線の先で困ったように眉が下がる。ちらちらと覗いていた焦燥が浮き彫りになった。ふと頭の中でうるさいくらい響いていた理性が静まり返り、静寂が生まれる。そうだ、揺れるひとみに僕はもうとっくに気づいていたのだ。ちいさく名前を呼べばだからなんだよと赤が濁る。するりと風に誘われるように導き出した答えを舌先より外に追い出してしまえば後戻りはできない。けれど、そうする理由もつもりもないとわかってしまえば、あとは本能がどうにかしてくれる問題だった。

「僕はアルヴィンが知り尽くしてる夜を知りたい」

は、とアルヴィンが上擦った声をあげたのを合図に彼の体をベッドに招いた。きっと僕の目の中では無数の星が散っているんだろう。獣のような自分の姿を彼の中にうつし続けて、そうして彼の夜を盗んでしまおうと決めた。
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