緊張したときは周りにいる人の顔を野菜に見立てなさい、ってのが俺の母親の陳腐な提案であり唯一の優しさだったんだと思う。昔はどうも人が嫌いでね、俺は苦々しくも母の謳った野菜理論の第一信者になってしまった。おかげで俺は人と普通に接することができたし野菜相手だからと心にもないことをぽんぽんと出来上がりたてのポップコーンのように口から弾ませることができるようになった。でもひとつ計算外の事態が起きてしまう。洗脳が強すぎたんだ。気づけば人を野菜に見立てる習慣、俺は常日頃これを野菜フィルターと呼称していたので以後野菜フィルターと記述するが、野菜フィルターが網膜にべったりと張り付いてしまっていた。そのせいで野菜に見立てたくないときでさえ人がみんな野菜に見える。大嫌いな上司はピーマンに、コンビニの前でたむろするバカな高校生たちはにんじんに。親はトマトだった。鏡に映る自分は普通に人間だったがそれ以外は俺が知りうるあらゆる野菜たちの姿をかたちどってしまっている。もちろん女も例外ではなかった。道行く女はほとんどがキャベツで、ごくたまにレタスが混じっていた。至極どうでもいい話なのだが。セックスしているときも顔はキャベツだったのでだんだん顔ではなくスタイルの良さで女を見極め始めるようになった。それでも、いくらスタイルがよくても顔がキャベツなら8割は損をしている気分だった。喘ぐキャベツなんて異様すぎるだろう。ため息をつきながら女とセックスする日々が続いた。しかしそんなこともいくらか続けていれば慣れていくものだ。なんにでも順応しようと思えば順応できる人間というのはなんともたくましいつくりをしているのかもしれない。キャベツが喘いでいてもわりと興奮できるどころかキャベツを性の対象として見始める自分がそこにはいた、いや、自分でもさすがに痛いと思ったけどね。最近野菜売り場のキャベツコーナーがだんだん風俗に見えてきた。瑞々しい色をしたキャベツ女を選ぶことに慣れてきていたので、俺はキャベツ選びのプロになった。瑞々しく輝かしいものを。おかげで毎日キャベツが美味い。狂っているのかもしれないとは考えたが普通っていうものはもうすべてフィルターの向こう側にあるからこれがとれない限りは仕方がないと諦観を決めこんでいた。今日も朝食は野菜炒めを食べたんだ。新鮮なものを選んだからしゃきしゃきしててすごく美味しかったよ。ああ、一緒に入ってたピーマンを食べるのも楽しかったな。大嫌いな上司を噛み潰してるみたいで。

「じゃ、足立さん、俺のことはどう見えてますか」
「レンコン」


見据えた先に絶望して死ね
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