なんだかもういいかなあって僕は思ってしまったのでした。さすがにあれから何年か経ったし運搬されていった時間の中で僕の堆積した尖った想いも風化して丸くなってぜんぶまるまる丸くおさまるだろうと思っていたら、久しぶりに会った彼がなにひとつとして変わっていなくてこころのほとりには火傷してしまうほどに熱を持った想いが堆積してしまったので。さすがにもう恋を愛することはなかったけれど、これはもっと悪い性質を含んでいる。僕の恋は未だ過去にしがみついているし、仕方がないと言えばそうだけど。宙ぶらりんな気持ちを抱えて、たとえばお気に入りだとやたら自慢してきたあのスカーフだとかいつも念入りに手入れされていたあの靴だとか、そういうものすべてを身につけ続けている彼への想いを丸焦げにするだけの簡単な作業に精を出している僕が今ここに存在していた。僕はあの頃の、希望と不安をない交ぜにしながらしつらえた夜を脱ぎ捨てて、白む朝のような服に身を包んでいる。よく言えば前へと進む僕、過去を尊く思う彼。悪く言えば過去をぞんざいに扱う僕、変わることを恐れる彼。矛と盾のような二人だった。かといってどちらが良いのかなんていう終わりの見えない議論を繰り広げる気はない。今は、久々の再会に見合った世間的な会話を大切にするべきだ。見合うもの、相当するもの。それを見極めることは非常に難解だけれど、重要を支える根幹であるのだから。ああ僕はおとなになりたい。
乾いた唇を気にしながら、久しぶりと声をかければ片手をあげて彼は笑った。そこだけが唯一昔と違っていた。照れたような、そしてすこし気まずそうな表情を構築する彼は、僕の印象として連想する笑顔ではない。あの頃の彼はもっと誤魔化すような受け流すような顔をして僕を見ていた。いや、僕に目をやることもせず遠くばかり眺めていたのに。僕の目をちらと見てこんなにも素直に感情を表現する彼に僕は覚えがない。姿形に表れていなくとも、彼は確かに変わっていた。それに対して起伏した僕の感情はなんだったのか、と、言えば。一抹の寂しさか氷みたいな冷静か自分勝手な失望か。そうそのどれでもなく、変わらず愛しいと僕は思ってしまったわけだ。僕はあの頃の彼を想っているわけではなかったのだろうか、彼自身を想っている可能性なんて毛の先ほども考えていなかったのだけれど。ずうっと勘違いだと思い込んで過ごしてきたっていうのに、ちょっと笑えるね。じりりと焦がれたのは確かに現実であって僕の普遍と正気を取り繕うために見た夢なんかではなかった。つまり僕はただ本当の気持ちを否定したかっただけなのかもしれない。だって愛より先に嫌っていた。
彼の髪に伸ばす右手と彼の肩に伸ばす左手は同じ意思に基づいて確かめるように彼へと触れて、伝わる体温や布の感触がやけに心地よかったから僕は胸のあたりに居座る複雑な思いを抱えながらただじっと彼を見る。触れるのさえ困難だった頃がうそのように、いともたやすく捕まえることができてしまった。細めた目の先で彼は一瞬戸惑いの表情を見せたけれど、それは嬉しいのか悲しいのかわからないような形容し難い表情へと変化する。無為に口角をあげる癖さえなくなっているようだった。僕は自分の感情をきちんと理解することをやめようと考える。なんでもいいって訳ではないし、どうでもいいってほどでもなかったけど、もういいとは思っていた。だから僕は意思を持って彼を抱きしめた。降参の意を多分に含んだそれは、僕に否定と疑心を捨てる合図だった。

「もういいよ、愛してるよ」

彼はすこし震えを纏った指先で僕の背へと手を回した。頷く気配さえ愛しいと思う。けれど僕らは離れなければならなかった。遅すぎたんだね、きっとそう。僕は否定を放り投げてはいけなかった。体を離して、彼の頬に手を添える。濡れた瞳や薄く開いた唇を愛でていたかったけど、そうすれば未練が生まれてしまう。おとなは本能ではなく理性に従うものなんでしょう、だから共に歩めばいつかは疑いに殺される僕らの人生はここで分岐させるべきなんでしょう。忘れようか、お互いのために。僕が言うと、彼はああ、と微笑んだというだけの、それだけの話。僕たちはおとなになりたかった。
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