母は汚れて帰ってきても必ずいい匂いがした。おかえりと駆け寄る俺を疲れているくせにひょいと抱っこしてただいまと笑っていた。強い人だったのだと思う。けれどもやっぱり脆い人でもあった。ある朝目を覚ました母に、あなただあれと問いかけられた。目の前が真っ暗になったことをよく覚えている。アルフレドはどこに行ったの、またバランに連れられて外にいるのかしら。なんて懐かしい故郷の話をうわごとのように呟く母を見て悪い夢を見ているんだと自分に言い聞かせた。しかし夜になっても朝が来ても母は言うのだ。アルフレドはどこ、と。ここにいるだろと手を握ればまたどちらさまですかと問いかけられる。泣いたって母はいつものように頭を撫でてはくれなかった。
土のベッドはちゃんと寝心地がいいのだろうか。昔のことを振り返りながらしても仕方がないような心配をする。人間がいつか必ずたどり着く場所に、母は今眠っていた。花屋でさんざん迷った末に購入した、小さくて控えめな花束がさわさわと風に揺れる。申し訳程度に添えた光葉のクローバーが眩く輝いていた。今度はちゃんと本物なんだぜ、なんて胸中で呟いてみる。もし生きていたら喜んでくれただろうか。きれいな顔をくしゃくしゃにして、ありがとうなんて言いながらあの時のように抱きしめてくれたんだろうか。在りし日の記憶に思いを馳せ、無骨な石の前に腰を下ろす。地面に花束を置いて、何とはなしに微笑んだ。花びらがひとひら散る。

「大好きだよ母さん」

なんて言っても返事が返ってくるわけもなく、母の名前が彫られた大きなそれは何も言わずに俺を見守っていた。ひでーなあ、シカトかよ。愛の告白なんかしたの今が初めてなんだぜ。
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