「死に際のセリフっていうのはそんなにパターンがないんだ」
ある夜のことだ。なかなか眠れないぼくに付き合って世間話をしてくれていたアッシュが不意にそう呟いた。彼は片手を天井にかざすと、何かを見据えるようにそのてのひらを睨む。
「オレはだいたい相手が何かを言う前にとどめを刺しちまうから、そんなに聞くこともないしな。だが聞く内容はたいがい同じだ」
アッシュの糸のようなブロンドの髪が枕の上でそっと光っている。大きな窓から洩れる月明かりはそれをより神秘的に際立たせていた。絵画みたいだ、なんて陳腐な表現だけど、ほんとうにそれくらいきれいで目を奪われてしまう。
どんな内容なんだいとぼくが尋ねると、彼はぼくをそっと一瞥してからまた自らの手に目を向けた。血管が白い手の甲に浮き出て彼の生命を主張している。
「死に直面したやつらは揃ってこう言う。『母さん』」
母さん助けて、母さん、母さん。誰しもがそう口にするのだと彼は言った。きれいな琥珀色が金の睫毛の下でかすかに揺れるのを認められる距離に、今ぼくはいる。
「母親ってのはおそろしいな。大いなる魂、自己の原初。そんな考えを多くの人間が潜在意識の奥の奥に抱いている。もう一度あの羊水の中に、絶対的な庇護の中に誰もが還りたいんだ」
相変わらず月は彼を照らしている。より白を浮き彫りにされたその頬は、少年の輪郭を隠すことができていなかった。
……きみもそうなのか?きみも、母親のおなかの中に還りたい?
そう問いかけることは勿論できない。けれどぼくは知っているのだ。きみが夜中にうなされるとき、すがるように母親を呼ぶ声を。誰にも自分を傷つけさせまいと銃を構えるきみの心の奥で、本当の子供のきみはずっと母を待っている。転んだときに起きあがらせてくれる手を求めている。アッシュ、たまらない気持ちになるんだ。きみの睫毛が震えると、その肩がすこしだけ揺れると。ああぼくがきみの母であれたらどんなによかったのだろうと思ってしまう。
気がつけばぼくは彼の頬に手を添えてしまっていた。少しびくついたアッシュは、けれどすぐに目尻を柔らかくほどいてくれる。
「なんだよ、英二」
「……ごめん。うまく言えないよ」
「なんだそれ」
ふ、と笑う彼の顔は年相応に綻んでいて、それを見ているだけでぼくは泣きそうな気持ちになる。きみだけの羊水になっていつまでもきみを包み込めたらいいのに。なんてずいぶん自分勝手でばかばかしいことを、はずかしいほど真剣に考える。きみに言ったらきっと腹を抱えて笑うんだろうな。
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