レモンサワー1杯で完全に出来上がってしまった師匠に肩を貸しながら駅まで向かう。家どこですか、といくら訊いてもまともに答えてくれないから途方に暮れた。夜道には人の気配が少しもなく、街灯だけがぽつぽつとあたりに点在している。
「師匠こんなにお酒弱いんですね」
「ああ?まだ飲めるっつうの。じゃんじゃん持ってこい」
「もう店出ましたよ」
頭をぐわんぐわんと揺らしながら師匠が聞き取れない言葉を繰り返す。家の場所はやっぱり教えてくれない。しょうがないから相談所に送り届けようと決めたとき、師匠が僕を呼んだ。
「モブ、お前彼女とかいねーのか」
「それ今日5回目ですよ」
「いるのか?いねーのか?」
「だから、いませんよ」
「なんで」
「ツボミちゃん以上に好きだと思う人がいないから」
ツボミちゃんにフラれたのももうずいぶん昔のことなのに、我ながら諦めが悪いなあと思う。でも本当なんだから仕方がなかった。中途半端な気持ちで付き合うのも相手に失礼だと思うし、本当に好きな人がまた現れるまで恋愛はいいか、と今は思っている。
「ふーん」
聞いてきたくせに師匠はなんだか気のない素振りでそれだけ呟いた。そのあと何か言葉が続くのかと思いきや、一度閉じられた口はなかなか開かない。急に静かになっていったいどうしたんだろうか。もしかして吐きそうなのかな。どうしよう、袋とか何も持っていない。駅のトイレまでもつかな、師匠。
「モブ」
「はい、あの、駅までもうちょっとなんで」 
「俺じゃ、……」
言葉尻がどんどん窄んでいってうまく聞き取れなかった。もう1回言ってくださいと言おうとした直前、突如師匠の体が大きく揺れる。石につまずいたのだ。支えようと踏ん張ったけれど健闘むなしく師匠は道端に尻餅をついてしまう。
「すいません師匠、支えられなかった。大丈夫ですか」
慌てて手を伸ばす。けど、師匠は俯いたまま顔を上げず僕の手も取らない。気絶した?いや、頭とかは打ってなかったと思うけど。まさかこのタイミングで寝るわけもないし。師匠、と何度か呼んで様子を見る。すると、3回目くらいでようやく反応が返ってきた。
「なあモブ」
「あ、はい」
「俺もさあ、ずっと恋人とかいねえけど」
「はあ」
「なんでかわかるか」
「え……」
わかるか、と言われてももちろんわからない。何か答えなくちゃいけないのかな、と考えながら頭をひねるけど何も思いつきはしなかった。正直にわからないですと伝えると、師匠はハハハと小さく笑う。
「そうだよなあ。わからねえよな」
「は、はい」
地面につかれた師匠の手が拳を作る。その指一本分の距離に綺麗な黄色い花が咲いていた。あともう少しずれていたら師匠の下敷きになっていただろう。危なかったな、なんて思いながら俯いたままの彼に声をかける。
「師匠、そろそろ行きましょう。終電なくなっちゃうんで」
腕を引っ張ろうと手を伸ばした、ちょうどそのときだった。師匠が地面の花をぶちりと引き抜いたのだ。意図がわからずただ困惑する。花の細い茎をしっかりと握りしめた師匠は、それを僕の眼前に勢いよく突きつけてきた。花びらが鼻にあたる。
「ずっと好きだった」
師匠の声は聞いたことがないくらい頼りなげに揺れていた。相変わらず顔を上げてくれないから表情は窺えない。けど、鼻をすする音が聞こえる。肩は小刻みに震えていて、花は握りしめすぎて少し折れていて、ここには僕と師匠しかいない。夜の空気に触れる彼の髪が月みたいな輝きで光っていた。今、どんな顔をしているんだろう、この人は。
「……俺じゃだめか?」
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