「あかん、全然ないわ」
「ほんまにここで落としたん?」
「絶対落とした、ここしか考えられへん。ここ以外どこも行ってないし。行くとこもないし」
「悲しい青春時代やな」
帰るのがいやに億劫で川原に座っていた夜中、きょろきょろとあたりを見回しながらこっちに近づいてくる瀬戸の姿を見つけた。どうしたん、と尋ねてみると「この前やっと当てた三毛貝ちゃんのシークレット落とした」と悲しそうに語るので、仕方なくこうして共にガチャガチャの品を探すことになってしまった。スマホのライトで懸命に周囲を照らし地面に這いつくばる瀬戸を尻目に、自分もスマホの光に頼って川の周辺を捜索する。街灯もそう明るくない川で小さなストラップを見つけるのはなかなかに困難を極めた。何かあった、と思えば小石かただの地面の凹凸で、瀬戸はぬか喜びを繰り返しては落胆している。その傍ではニダイメが退屈そうに毛づくろいをしていた。
「また朝探したらええやん」
「いや、明日このへん美化運動あるやろ。そんときに捨てられてしまう可能性が高いねんな。俺が三毛貝ちゃんを守ったらなあかん」
謎のヒーロー節をかましながら瀬戸は地面を照らし続ける。静まり返った街は瀬戸の潜んだ声すら大げさに耳に響かせた。サンダルがコンクリートを擦る音もよく聞こえる。もうすぐ秋が来ようというのに半袖で半ズボンな男を、肌寒くはないのかと考えながらじっと眺めた。
川の向こうのマンションはまばらに明かりを灯している。一見あたたかな光に見えるあの窓の先で、どんな家庭が営まれているのかは当人たちにしか分からない。万人が想像するような笑顔の絶えない家庭なのかもしれない。それとも、何の音もしない死体安置所のような家庭なのかもしれない。……僕の家も毎日、あれらと同じように空に近い場所で窓を光らせているのだろう。リビングから聞こえてくる笑い声に反して、僕の部屋はいつだって死体安置所だ。
「ていうかお前なんで制服やねん」
「……え?今さら聞くん?」
「暗くてよう見えへんかってんて。喪服着てんのかな?と思ってたんやけど」
「喪服をスルーできて制服をスルーでけへん感覚がわからんわ」
そこで会話はいったん途切れた。瀬戸の追及はあっさりと止んで、こっちに向かっていた視線はまた足元へと下りる。青紫の雲の後ろに隠れた月は瀬戸を少しも助けない。夜もずいぶん更けて、日付を越えてからもう幾らかの時間が経ってしまっていた。いい加減諦めたらええのに、と思いながら瀬戸のいるほうを照らす。そこで、瀬戸の足元にある何かに気がついた。紐のようなものがついた小さな何か。目を凝らしてよく観察すると、その形状は貝を模していることがわかる。……あった。灯台下暗しを地で行く距離に。
「瀬戸」
すぐに教えてやろうと名前を呼んで、そこで、違和感に気がついた。この距離で気づけるのに、あんな近くに落ちていてまったく気が付かないものだろうか。それに瀬戸はさっきから自分の立っている場所の四方八方をくまなく照らしていたように思う。気が付かない筈はなかった。……気が付かない筈はなかった。
「なに?」
こっちに振り向いた男はそのまま体をくるりと俺のほうに回転させた。灯台にも月にも見放された男の目が、暗闇の中でじっと光っている。その表情は目視では分からなかったが、いつもどおり少しだけ口角を上げているんだろうということは分かった。
ああ、と思った。灯台と月に照らされていないのは俺だけではない。運命を言い渡されたように硬直する体も、きっと丸く見開かれている自分の瞳孔も、すべてが目の前の男に向かっている。それを今はっきりと自覚している。自分はきっと一生この日を忘れられず、この先も馬鹿のように思い出し続けるのだ。確信が手のひらでじわりと汗を作った。
吐き出した嘆息は諦観の色をしていた。夜の空気が何度も肌を刺す。俺はしばらく言葉を選び、やがて『なんでもない』と冴えない一言を零す。
「なんやそれ」
瀬戸の言葉もまた冴えない。少しずつ白み始める空が真実をつきつけるまでの間、ついに俺は瀬戸の足元について言及をしなかった。
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