恋をした。侮辱のような恋だ。あの女はただ一閃、俺の前で舞ってみせただけでこの体を深い深い穴の中に落とした。不愉快な重力を受け沈む肢体がようやく底にたどりついたかと思えば、今度は上から砂糖やら塩やら、したい放題に次々と降らせてきやがる。なすすべもなくただ女を見上げた。女は傷だらけの手を俺に振り、真田先輩、と俺を呼ぶ。侮辱のような恋だ。落とすだけ落として、手出しもさせない奴は悪女だ!すべてを守るためにようやく作り上げた今の真田明彦を、お前は否定しようというのか。守ることすらさせない気なのか。冗談じゃないふざけるな、おい返事をしろ。

恋に落ちた。本当だよ?もう君のことしか考えられない。君といると世界がいっそう鮮やかに見えるんだ。花も空も海もみんなきれいだね。ねえ僕に魔法をかけたの?君の得意の呪文を、僕に使ったんだろう。おそろしい人だなあ君って。世界で一番というほどかわいい顔をして、実質その小さな体に世界のすべてを飼っている。特に可能性という代物を無限に詰め込んでいるんだからこわいよね。……僕も君のおなかの中に招かれてみたいな、一度。君の羊水に浸かって、君の一部となってずっと傍にいたい。生まれ変わったら君の子供になるのもいいかもしれないなあ。ねえ、愛しているよ。

噴水に落とされました。ええ、ポロニアンモールの噴水です。私を落としたのは彼女です。私の大切な客人。彼女はびしょ濡れになった私を見てひとしきり笑うと、今度は自分が噴水の中に入りました。そのころちょうど真夏でしたので、服なんかすぐ乾く、なんて言って彼女ははしゃいでいました。あの笑顔がどうにも忘れられないのです。水浸しで帰ってきた私を見て姉は「おやおや」とだけ呟きました。何かを察したような眼差しでした。姉は何を察したのでしょうか?私についてのことでしょうか。

恋だ何だと言ってられるほど赦された人生じゃあなかった。だからあらゆる恋愛沙汰に興味がなかった。岳羽と並んで恋愛ドラマのこのシーンがだのあの少女漫画がだのとはしゃぐ女を、別世界の生き物として眺めていた。が、違った。あいつはどちらかと言えばこっち側の人間だった。武器を振り回し一点を見つめるあいつの、薄く赤みがかったでかい目。そこは凪いでいる。しかし光っている。女の中身はそう簡単な構造をしていないようだった。俺が死んだらお前は泣くだろうか。泣くよりももっと派手で可愛げのないことをしでかしそうで困る。運命を奈落に突き落として笑っていそうだ。……こんなもんなのか?恋愛っつうのは。

空の牛乳パックを片手に持つ僕を見つめて彼女は笑った。天田くん、かっこいいね。そう言って僕を褒めるのだ。思わず牛乳パックを取り落とす。胸の真ん中あたりに手を突っ込まれてそのまま心臓を握られたような感覚だった。漫画で読んだことがあるしアニメでも観たことがある。本当にこんな感じなのか。ねえ、何でいま笑ったんですか。あなたがそうやって笑わなければたぶん大丈夫だったのに。僕は突然、恋に落ちてしまった。

恋に落ちられてしまった。嬉しいよ、告白なんか今年入るまでまったく縁のないもんだったし、しかも美人に告白されるってんだからそりゃ浮かれそうにもなる。でも浮かれられやしないのだった。想いつづけたい子ができてしまった。オレの返事を聞くお前の眉が悲痛に下がっている。うん、という相槌の輪郭も震えている。でもお前は目に涙なんて浮かべずにじっとオレを見つめていた。お前のそういうところをオレはずっと尊敬している。オレお前のことすげー好きだよ。……ゴメンな。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -