「結婚式?行かねえよ。柄じゃねえしな」
招待状を差し出す僕の手を一瞥してから彼はそう口にした。拒まれた紙の上には僕ともうすぐ妻になる女性の名が書かれている。まさか断られるなんて思っていなかった。……いや、嘘だ。こうなるような気はしていた。
「下町の皆も招待した」
「そりゃいい。普段食えねえご馳走食えてあいつらも喜ぶだろうな」
「エステリーゼ様も来てくださる。最近会っていないだろう」
「あいつは用があればうちに依頼してくるよ。わざわざそこで会わなくても機会はある」
「君の席を用意しているんだぞ」
思ったよりも荒げた声を出してしまい、しまった、と思った。今は真夜中だ、周りの迷惑になる。彼は夜に響かないくらいの小ささで笑い声を上げた。月明かりだけでは彼の表情がうまく読み取れない。
「誰か他のやつに座らせてやれよ」
あっけらかんとそう言い放った彼に、僕はさらに途方もない憤りを覚えた。他だなんているはずがない。君の席には君以外の誰も座らせようとは思えない、それがわからないのか。……心臓を氷のように冷えた手で掴まれている気分だった。ああ街灯のひとつでもあれば彼の表情を知れるのだろうに。
「あれは君の席だ」
「知らねえって。とにかくオレは行かねえぞ」
「ユーリ」
言葉を紡ごうとした僕の口は、しかしユーリの何かを諭すような視線によってあっけなく塞がれた。不思議だ、夜闇の中でもその瞳には昼日中より明るい星が光っている。
「オレはずっと代役だったんだよ。もう舞台から下りる頃合いだ」
それはどこか充足を内包してあたりに響いた。何を言おうとしても僕の口はまだその明星によって縫い付けられている。しばらくのあいだじっと僕を見つめていた彼は、やがて「またな」とささやくように呟いた。
「幸せになれよ。どっかから見ててやるからさ」
そう言って君はまた笑う。いっそ可笑しくなって、気づけば自分の口からは乾いた笑みが漏れ出していた。
だって代役だなんてあまりにばかばかしい響きではないか。代わりどころか、君と僕は一つなのに。二人がそこにいて初めて舞台の幕が開く、今まで何度もそう実感してきたとは思わないか、僕たち二人は。……二人なんて表現も本当は煩わしいんだ。
「主役のいない舞台なんて聞いたことがない」
ようやく開いた口からそう言葉をぶつければ、彼はひらりとそれを躱して「バーカ」とだけ呟いた。
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