身の丈に合わない仕事を昼夜こなして、別のことを考える暇なんてないはずなのに気がつけばずっと考え続けている。提督、あなたは最後に僕の声を聴きましたか。提督、撃たれた瞬間に何を思いましたか。……どうしてあなは僕を連れて行ってはくれなかったのでしょうか?
「ここを出るときに言っただろう?私がいるから私が行くのだと」
いつものように提督は行儀悪く机の上に乗り上げて、戦略案を書き留める僕の手元を柔らかな目尻で見つめている。本当はどこにもいないのに。
「そうですね、わかっています。でも考えてしまいますよ。僕がお供していたら、せめてあなたを庇う盾くらいにはなれたかもしれないのにと」
「ユリアン、その思考は良くないな。そうすることによって私が喜ぶと少しでも思うのかい」
「いいえ。けど考えるのを止められはしません。僕は肝心なときにあなたの傍にいられなかった役立たずです。きっとあなたに許していただけない」
「お前にしては論理的でないね。私にはお前を裁く権利も義務も道理も無いよ」
そう言って笑う提督の言葉や声や表情は彼そのもので、あの人の記憶がまだ鮮明に僕の中に残っていることを証明していた。けど、いつまで覚えていられるかはわからない。……父が死んだとき僕がいちばん最初に忘れたのは父の声だった。だからきっと、僕は彼の声から忘れていくのだろう。
「そりゃあ、『あなた』はそう言ってくれますよ。でも本当のヤン提督がどう思っているのかはもう一生わかりません。僕がヴァルハラにたどり着くまでは、ずっとわからない」
僕の言うことに対して提督は困ったような顔をして何度か頭を掻く。それを尻目に僕はまだ話を続けた。
「あなたが僕を責めるような人間でないことはきっと僕が一番よく理解しています。けど確証なんてものはどこにもないんです。あなたの言葉でしか真実は得られないというのに、あなたは行ってしまわれた。僕の手元に残っているのは『間に合わなかった』という事実だけなんです、提督」
「うーん。考えるというのは人類にとって必要不可欠なことだし何より大切な能力ではあるが、しかしユリアン。それによって名人芸を台無しにするのはいかがなものだろうか」
すっかり冷めたカップの中の紅茶を指さして提督が微笑む。「飲まないなら私が代わりに飲んでやりたいよ」
その一言を最後に今日の対話は終わりを告げた。僕は部屋に一人、傍らには減らない紅茶が残される。どうぞ飲んでください、あなたのためなら何杯でもお注ぎします。ブランデーだっていつもより少し多く入れてもいいですよ。そう呟こうとも喜びの声なんて聞こえはしなかった。僕はずっと言葉を探している。あなたへの適切な言葉、言うべき言葉がきっとあるはずだった。しかし頭の中ではたった一文だけが何度も何度も騒々しく駆け回っている。
「許してください」
「許してください」
「許してください……」
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