俺の手を取って踊っている男には見覚えがあった。いや、見覚えなんてやさしい言葉で済むほどのしこりじゃない。網膜に焼き付いた作り笑いはまっすぐ俺に向かって浮かべられている。なあお前、どうしてここにいるんだ。
「君と観客が望んだからだよ、ジョーカー」
そう言って明智は手本のようなステップを踏む。1、2、1、2とまるで俺に教え込むかのようにゆっくりと。屋根裏の板がぎしぎしと軋んで、部屋には埃が舞っている。
「ここはダンス会場としてはあんまり良くないね」
明智はまた微笑む。俺は笑えなかった。だって死んだはずの人間と踊っている。これはたちの悪い夢なのか、それともお前は幽霊なのか、追い込まれた俺が産み出した幻覚なのか。すべてが曖昧だし、明智の様子からは何も答えが得られなかった。完璧に踊る明智と不格好に体を揺らす俺達の滑稽なダンスは、暗闇の中で『誰か』に向けられて続いていく。
「この夜が終わったら」
「うん?」
「お前はどこへ行くんだ」
言ったら明智はおかしそうに吹き出した。今日初めてこの人の重たげな仮面が取れた瞬間だった。快活に笑うその口が「そうだなあ」と明るく呟く。
「地獄にでも落ちようか、君の目の前で」
さあ、夜はこれからだ。高らかに紡がれた言葉は銃弾のように胸の奥を掠める。俺は何も言えなかった。
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