これの続き
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部屋番号を何度も確認したのち重厚な扉を開けると、見たこともないほど大きな寝台の上の白に亜双義が腰を沈めて据わっていた。よく来たな、と昨日と同じ歓迎の言葉がその歪む唇から発せられる。椅子の脚から壁の隅まで何もかも凝った意匠や閉ざされたカーテンの触らずとも分かる厚み、ぼんやりと灯る洋燈などのすべてが『お膳立て』のように思えて、何だかとてつもなく気恥ずかしくなった。少しでも気持ちを落ち着かせるために咳払いをひとつしてから、愉快を表情に惜しげもなく露呈させている友を見やる。
「外、明るいな」
「それがどうした」
まさかの一蹴で完全に言葉を失う。でも当然反論は出来なかった。真昼間からこんな状況下にいることに対しての後ろめたさは止まないが、実際ここに足を運んでいる時点でぼくに言えることなど最初から何もないのだ。ごくりと飲んだ生唾の音も、きっと気づかれている。
来い、と促されてぎくしゃくと亜双義の傍へ歩み寄る。目の前の親友を見下ろして沈黙、そこから謎の時間が二人の間に横たわった。頭が真っ白で何をどうしたらいいのか分からないし、緊張で今にも倒れそうだ。しばらくそうしてただカチコチに固まっていると、痺れを切らしたのか亜双義が自らの服にゆっくりと手を掛けた。釦が外されていくのをじっと凝視してしまう。微かに揺れる黒髪はこのあと寝台の上で広がって、ぐちゃぐちゃに乱れていくのだ。触りたいという欲望が手のひらで疼く。
「見ているだけで良いのか?」
見計らったようにそう声を掛けられて思わず肩を揺らしてしまう。自分の心臓の音があまりにもうるさい。少しでも気持ちを落ち着かせるために大きく息を吐き、情けなく小刻みに震える手をその黒髪に伸ばした。久々に触った髪はぼくの手の中でやわらかに混ざる。されるがまま頭を預けてくる男は上目遣いにぼくを見るので、どきどきして仕方がない。
「緊張しているな」
「そ、それなりに」
「オレにしてみれば、それなりどころか過剰だがな」
初めてでもないだろうに。そう言って可笑しそうに笑っている。確かに亜双義とこういうことをするのは初めてではない。けれど、だからこそぼくはこんなことになっているのだ。
「仕方がないだろ。緊張もするよ」
「……何故」
「もう触れないと思っていたから」
亜双義が目を丸くしてぼくを見る。やがて信じられないくらい優しく微笑んで、ぼくの腕をそっと引いた。ゆっくりと寝台に倒れ込み、亜双義の顔の横に両手をついてその顔を見下ろす。
「今日だけはキサマのものになってやる。何でも好きなことをしろ」
亜双義はそう言ってぼくの頬に手を添えた。部屋が薄暗いから分からなかったけれど、近くで見ると顔がうっすらと赤く染まっている。吐く息は熱くて、目の奥も妖しく光っていた。何でも、という言葉を頭で何度も反芻する。それじゃあ、と呟く声が掠れてしまい少し恥ずかしかった。
「口づけをしてもいいか」
「……わざわざ訊くな」
了解を得たので、おそるおそる口づける。それは柔らかく形を変えてぼくを受け入れてくれた。温かくて気持ちがよくて、どうしてか涙が出そうになる。そう思いながらいったん唇を離すと亜双義がぼくの目尻を拭ったので、知らないうちにすでに泣いてしまっていたようだ。鼻を啜りながら目の前の男の名前を呼ぶ。
「亜双義」
「何だ」
「次は舌を入れてもいいか」
泣き顔で助平なことを言うぼくが余程面白かったのか、亜双義はしばらくの間大きな声で笑いつづけた。

その後も何かにつけて伺いを立てるぼくに呆れながらも、亜双義は宣言どおりどんなことも許してくれた。後で足腰がかなり辛くなるだろうと分かってはいたが久々の感触や声に理性が打ち勝てず、結果なかなかに無理をさせてしまっていると思う。なのに、ぼくに揺すられながら亜双義はまだ「他にしたいことはあるか」と問いかけてきた。何だかものすごく胸が苦しくなって、最後に一つだけ、と呟く。
「この後、ぼく、少しの間寝てしまうと思うけど」
「フフ、昼寝か。優雅なものだな」
「起きたら隣にいてくれないか」
用事があるなら帰ってくれていいから、と慌てて付け足す。亜双義はしばらくの間何の返事もしなかった。ぼくをじっと見つめている。呆れているのだろうかと不安になり始めた頃、その手がぼくの頭を包んで、そのまま胸のあたりに抱き寄せられた。皮膚の下で心臓がどきどきと高鳴っているのが聞こえる。亜双義は何も答えなかったけれど、それこそが返答のような気もした。ぼくは何故だかまた少し泣いてしまった。
目を覚ましたぼくに亜双義は何と声を掛けてくれるのだろう。寝坊助だとか何だとかを言われてしまうかも知れないが、願わくばあの日、1月9日に聞けなかった「おはよう」の言葉が欲しい。おはよう相棒、そう告げてぼくに微笑む笑顔、きっとこの世の何よりも眩しく輝いているだろう。頭にその微笑みを思い浮かべるため、亜双義の鼓動を聴きながらぼくはそっと目を閉じた。
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