遊べる大逆転で龍ノ介と温泉行ったのが亜双義だったらみたいな設定
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「いやあ、良い湯だったな」
試験期間が終わり、祝いという事で成歩堂と二人温泉旅行に訪れた。辺り一帯温泉区域である此処の湯はなかなかに気持ちが良く、疲れが流れてゆくのが分かる。満足気な様子の成歩堂の言葉に同意すると、男はにこにこと微笑みながら今夜泊まる部屋の襖を開けた。先刻まで敷かれていなかった布団が二組用意されている。心配りがよく出来ている旅館だ。
「しかし、ここら一帯けっこうすさまじい臭いがするな」
「ああ、硫黄だろうな」
「あれは少し困るな……あッ!」
畳に腰掛けた瞬間、成歩堂がやたらと大きな声をあげた。どうした、と問いかけると男は眉を下げながら手の中のものをオレに見せてくる。懐中時計だろうか、黒ずんでいるせいかかなり古ぼけて見える。
「壊れたのか?」
「いや、壊れてないけど、汚れちまってる。元はもっとキレイな銀だったんだけど」
成歩堂は嘆息しながら懐中時計を指で擦る。そういえば、出発前に奴はこの時計で時間を見ていた気がする。ハッキリと目にしてはいないが、その時は確かに銀に光っていたように思えた。
「せっかく叔父さんにいただいたのにな」
「……叔父さん?」
「ああ、勇盟大学に入学した時に叔父が贈ってくださったものなんだ。記念だ、って」
そうか、と呟きながら叔父さんという響きを何とはなしに頭で繰り返す。この男はややオッチョコチョイでかなりウッカリ者だが、とても素直で義理堅い。親族からもそういうところはきっと愛されているのだろう。現に適切な量の愛情を受けて育ってきたという顔をしている。ふと父や母の顔が頭を過り、幼い頃の記憶が蘇った。父も、と言葉は口を突いて出ていく。
「オレの父も昔、それと似た色の時計を買ってくださったことがある」
ずいぶん小さな頃の話だ。とある露店に売り出されていた銀の時計をじっと眺めていると、父は何も言わずにそれをオレに買い与えてくださった。見上げた先の表情は陽の光で隠れていたが、けれど確かに微笑んでいると分かったことを覚えている。成歩堂は時計に注いでいた目をオレに向け、少しの間オレを見つめた。何故か意外そうな顔をしている。
「何だ」
「いや、珍しいな。おまえが家族の話をするの」
言われて、少し面食らう。確かにそうだと思った。この男の言うとおり、他人に父の話をした事は今まで殆どなかった。
返事を返さなかったオレを成歩堂は追及する訳でもなく、また銀時計に視線を戻す。「まあ良いか」そう呟くと次は大きなあくびをした。
「ぼくはそろそろ寝るけど、おまえは?」
「……ああ、オレもじきに寝る」
頷いた成歩堂はするすると布団に入るといかにも幸せそうな顔を浮かべた。おおかた思ったより布団が柔らかいか何かだったのだろう。この男は何でもすぐ顔に出るので見ていて少しも飽きない。灯りを消してやると部屋は一瞬にして薄暗く色を変えた。それでも相手の顔くらいはまだ分かる。オレが布団に入ると、成歩堂は寝返りを打ちオレのほうを向いた。
「明日、ぼくが起きられなかったら頼む」
「自分で起きろ寝坊助」
「手厳しいな、相棒……」
「都合の良い時だけ相棒呼ばわりするなと言ってるだろう、相棒」
成歩堂は吹き出し、しばらく可笑しそうに笑っていた。オレもつられて笑いだす。ようやく笑いがおさまった頃、奴は「おやすみ」と言って向こう側に寝返りを打った。
ごくたまに、全てを忘れてしまいそうになる。父上の死因は本当に病死で、あの日オレが見た手紙はたちの悪いイタズラで、オレには果たすべき使命など有りはしないのではないかと、馬鹿馬鹿しい空想を思う。この男と笑い合うたび記憶を取り零しそうになる。それがひどく恐ろしかった。オレは考え続けなければならない。目の前の男が明日朝靄に照らされながらこちらを振り向くのかと思うと、どうにも胸が焦がれる思いがする。その心地好い感情も邪魔だと切り捨てなければならない。……考え続けなければならない。
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