育成計画軸
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よう終一!と僕に向かって片手を上げた百田解斗くんに会うのは実に20年ぶりだった。もうすっかり年相応に老け込んでいる僕に比べて、彼は高校生の頃の姿そのままでここにいるのだからただただ驚く。どうしたの、なんて往年の再会にしてはあまりに間の抜けた言葉を投げた僕に、彼はにやりと笑いながらこう言った。
「ウラシマ効果って知ってるか?」

宇宙は彼に似てメチャクチャだ。あらゆるデタラメがまかり通っていて、時空が歪むことさえ許されてしまっている。百田くんは宇宙船の速度に引っ張られて僕たちの過ごした実際の時間にそのままの体で追いついてしまったらしい。今現在40を迎えている僕に対して彼はまだ10代のまま何も変わっていなかった。もっとも、戸籍上では僕と同じ40代なのだが。
「まあ、宇宙っつーのは想像以上にでけーっつーことだ。ビビっただろ?」
「そりゃ、びっくりしないわけないよ」
人混みの流れにゆっくりと沿いながら百田くんの言葉に苦笑を返す。地球の中がどれくらい変わったか見たいと百田くんが言ったので、今は二人で街をあてもなく散歩しているところだ。何を見ても目を輝かせる百田くんを見ていると、彼の不変と僕の変化のちぐはぐさがより際立つように思える。あれはなんだ、と尋ねられたことに答えたり百田くんの宇宙でのとんでもない体験談(たぶん少し大袈裟に話している)なんかを聞いているうちに時間は緩やかに過ぎていき、腕時計を見やれば時計の針は夕方を指していた。百田くんの腕時計も当たり前だけど僕の時計と同じ時間を指している、それだけのことが不思議に感じられる。やがて空に目を移した百田くんは少しだけ僕より歩幅を速めると、橙と紫が混ざるそこに白く浮かび上がる円を指差した。「月が出てるな」僕は本当だねと返す。
「なあ終一」
「何?」
「まだ諦めてねーよな?」
僕に振り返る目は真摯で、若く燃えていた。雑踏が一気に耳の後ろへ遠ざかっていく、たくさんの人と人の隙間を縫って彼の姿が僕の網膜に飛び込んでくる。
「オレがテメーをあそこに連れて行くのを、ずっと待ってるだろ」
何か考える前に「うん」と返事をしていた僕に、彼はわかりきっていたという風な顔で笑う。「もうちっとだけ待ってろ。テメーもハルマキもあの向こうに連れて行ってやる」そう断言されて思わず息を呑んだ。そうだ、僕はこの20年ずっと夢を見続けていた。もうキミのように若くはないけど、今だってあの日の屋上で聞いたキミの言葉を信じている。百田くんと名前を呼べば人混みの中に紛れてその目が光った。
「僕はまだ夢を見てていいの?」
口をついて出た言葉に彼は強い眼差しで応えてくれる。そして、いいか終一、と呟いた。
「夢には醒める夢と叶う夢の二種類がある。どっちがいいかはテメーが選べ」
答えが決まっていることをわかっていての言葉だった。そんなの、百田くん、キミが傍にいるのに目を醒ますはずがないじゃないか。口を開いた僕の一言に彼は満足気に笑った。手前の信号が青に変わり人波が大きく揺れて、百田くんのめちゃくちゃな輝きが雑踏に浮いてほのかに瞬いている。
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