育成計画軸 卒業後
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無事に宇宙から帰還した百田くんを称える身内の会は大いに盛り上がり、全員が笑顔のまま終わりを迎えた。ずいぶん酒を呷った百田くんは上機嫌な笑みを浮かべながら今僕の肩に手を回している。「終一、元気だったか」とか「宇宙はでけーぞ」というように同じ事を何度も口にしながら彼は僕の肩をバシバシと叩き続けていた。苦笑とともに適当な相槌を打ちながら百田くんの家へと向かう。
なんとか扉の前にたどり着き、眠気に襲われてぼんやりしていた百田くんに鍵を催促して中に入れてもらう。「百田くん、着いたよ」と呼びかければ鈍い声があがった。
「じゃあ、僕は帰るよ」
ここまで来ればもう大丈夫だろうと思い、そう言って部屋を後にしようとドアノブを握った。ーーけれど、外に出ることはできなかった。不意に百田くんの拳がドアを押さえ、何故か僕の退路を塞ぐ。不思議に思って振り返った瞬間に肩を掴まれ、そのまま真正面から向き合わされてしまった。どうしたの、と尋ねようとしたときには、もう彼の顔が間近にまで迫っている。
「……百、」
名前を呼び終わる前に、言葉を封じられてしまった。柔い感触が唇を支配していることと百田くんの顔が明らかにイレギュラーな距離にあることにただ驚く。キスされている、と脳が遅れて理解したときには百田くんの舌が僕の口内に入り込んでいた。ぬる、と湿った異物が僕のそれを的確に捕らえて絡めとる。初めて味わった感触に体が戸惑うのを感じた。いくら逃げようとしても追っ手のように手を伸ばしてくるそれは僕のものを好き勝手吸い上げると、やがて上顎をそっとなぞる。足元のあたりからせり上がる奇妙な感覚に耐えきれず膝から崩れそうになって、思わず左手で百田くんの腕を掴んだ。後ろ手でついた扉は冷たい。どうしても吐息混じりの短い声が漏れ出てしまって、嫌だなと思った。
こっちはろくに息の仕方もわからないのに百田くんのそれは容赦なく長く続いて、苦しくなった僕は慌てて彼の胸を拳で強く叩いた。ようやく動きを止めてくれた百田くんが唇を離すと余韻みたいな唾液が糸を引いて、ばつの悪さに堪えて目を逸らす。手の甲を口に当てて呼吸を整える僕の息だけが部屋に反響して、その間百田くんは口端を拭いながら黙って僕を見ていた。見ないでくれ、と思ったけれど口には出せない。
「百田くん」
ようやく落ち着いた僕が名前を呼ぶと、彼は何も言わずにこっちを見つめた。その瞳はやっぱりぼんやりとしていて、まだ酒に酔っていることがわかる。さっきのキスだってだいぶ酒臭かった。そう考えた瞬間さっきの光景や感触を脳が反芻してしまい、しまった、と胸中で呟く。ともかく、百田くんは今かなり酔っている。その事実だけあれば僕にとっては充分だ。
「誰かと間違えてるんじゃない?悪いけど、僕は最原終一だよ」
無理やり笑顔を作りながらそう伝える。何故か百田くんの目が驚いたように大きく開いた。百田くんの無言は長くて、気まずい沈黙にあたりが支配される。やがてその口がかすかに開いたけれど、特に何も言うことはなくまた閉じてしまった。そのまま百田くんは僕に背を向けて部屋の奥に歩き出す。
「も、百田くん?」
「寝る」
「……ええっ?」
どかどかと音を立てて寝室に向かう百田くんを追いかけていくと、彼は雑に布団に入って本当に眠りの体勢に入ってしまった。酔っ払いらしくやること為すことすべてにに秩序がない。抑えきれない苦笑を浮かべながら、目を閉じている百田くんに声をかける。
「あの、百田くん。じゃあ僕は帰るから、ちゃんと鍵、掛けてから寝てね」
返事がないのを少し不安に思いながらも寝室を出て、玄関のドアノブに手をかける。最後にもう一度振り返ったあと扉を開け、家を出た。
ガチャリと大きな音を立てて閉まった扉に背中をつけて、長く重い息を吐く。忙しなく脈を打つ心臓を服の上から押さえつけ。あそこまで酔っていたら、明日にはきっと忘れてくれているはずだ。そうじゃないと困る。吐いた息と手のひらは小刻みに震えていた。僕の言葉の後に目を丸くした百田くんの、その瞳の中の真意を追求する余裕もないまま、扉にもたれていた背を離して家路を急いだ。
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