「転子、握ってみてー?あったかいよー」
そう言ってアンジーさんは転子に何かを差し出すのですが、あたりは完全な暗闇に覆われていてその手元を確認することは出来ませんでした。彼女の輪郭を必死に視線でなぞるのがやっとです。転子がアンジーさんの差し出すものを握るべきか躊躇していると、彼女は首を傾げて転子に明るく笑いかけました。
「なんで握らない?怪しいものじゃないよー」
「そんな言い方をされたら余計怪しみますよ」
そっかー、と語尾を伸ばしてアンジーさんは唇を尖らせます。彼女の言葉は本気と冗談の境が曖昧で、話していると調子がどんどん狂っていきます。何より転子が困るのは、彼女の瞳の中にある芯がうまく見通せないことでした。武道においては相手の目の中の芯の強さがそのまま力の強さであることもありますし、目を見ればたいていの人柄は分かるものです。いつも気だるげでかわいい夢野さんの瞳にもその芯は確かに存在していて、夢野さんの人柄だって分かってしまいます。けれどこの人は、それが不思議にぼやけていました。それはアンジーさんの中の神様にも起因しているかも知れません。でも、転子がこうやって話をしているのはアンジーさんの中の神様ではなく確かにアンジーさんであるはずでした。
「アンジーさん、お話しませんか」
「えー?もう話してるよー」
「いえ、なんというか。お互いについての話をしたいんです。これからのこととか、話してみませんか」
「これから?転子はヘンなこと言うねー」
アハハと笑うアンジーさんの声が暗闇に反響するようでした。彼女の目はやっぱり、笑っているのかすら分かりません。でも、そうです、これはアンジーさんが正しいと思いました。今の転子たちに「これから」なんてヘンな話です。けれど言ってしまえば、超高校級である以上「ヘン」だなんて今さらな話じゃないですか。転子は、アンジーさんとのこれからというヘンなことを考えてみたいと思いました。
「そんなことより、神様の話をしようよー。転子はまだ神様が信じられない?秘密子は信じてたよ」
「はい、信じられません。きっと転子はずっと夢野さんと同じものは見られないと思います」
「そっかー。寂しいねー」
「いいえ、むしろ楽しいですよ!一人一人違ってこそ人間ですもんね!」
「……へー」
アンジーさんは少しだけ間を置いてからいつものように笑いました。そこにすべての糸口があるように思えました。
「アンジーさんと転子はすごく違いますね」
「そだねー」
「前まではすごく嫌でしたけど、それもいいんじゃないかとこれからは少し思えそうです」
言いながら、転子はようやくアンジーさんの手元に自分のそれを差し向け、彼女に従って握ってみました。さんざん警戒したそれはなんてことない、ただの彼女の手だったのでした。確かにあったかいし、怪しいものではありません。アンジーさんの目がうっすらと輝きました。
「やっと握ったねー。もう逃げられないよ」
「そうですね」
「アンジーと一緒に行くからには、行く先は極楽浄土しか有り得ないよー。愉快痛快、ここから先は神のみぞ知る!にゃはは」
彼女と手を繋いだ途端、暗闇の中なのにアンジーさんの顔がとてもよく見えるようになりました。まるでスポットライトでも当てられているようです。彼女は転子の顔を覗きこみ、それまで煙に巻いていた感情のすべてをこちらにぶつけてきました。少し怖いと思いましたが、今までよりは怖くありませんでした。レッツゴー、と行って転子の手を引くアンジーさんに続きます。一度だけ後ろを振り返ると、取り残したスポットライトの中に夢野さんが立っていました。ああ!さようなら、転子の極楽浄土!強く手を握り直すとアンジーさんは上機嫌に笑い声をあげました。
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