紅鮭
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「夢野さん、ここから出たら何をしたいですか?」
転子はウチの手を取って社交ダンスか何かに似た動きをしながらくるくると中庭を回りつづけていた。抵抗するのもめんどいので転子にされるがまま体を動かす。いつもよりこやつのテンションが高いのは、この妙な学園に放り込まれてから10日目の今日、ウチがついにこやつと卒業することを了承したからに他ならなかった。一緒にここを出てやっても構わん、と伝えた瞬間の転子のはしゃぎようと言ったら或いは弾丸或いはスーパーボール、ともかく喋る跳ぶ笑う泣くと忙しないにも程があった。こやつのよく言う心の柔軟というやつがこれであるのなら、当の本人はもう軟体動物の域に入っているのではなかろうか。今も夢野さん夢野さんとその口が止まることは一瞬たりともない。
「行きたいところはありませんか?どこでも連れて行っちゃいますよ!」
「お主は行きたいところはないのか?」
「夢野さんの行きたいところが転子の行きたいところです!」
はっきりとそう言い切った転子の目はキラキラという擬音が聴こえてきてもおかしくないほどに騒がしく輝く。その眼と言葉に嘘の気配は微塵も見られなかった。ウチは何を言ったものかと迷い、くるくる回る景色と転子をただ享受する。転子よ、と名を呼んでみると、はい!と暑苦しいほど快活な返事を寄越された。
「お主、そんなにウチのことが好きなのか?」
「えっ……も、もちろんですよ!」
ウチの問いかけに対し転子は急に顔をりんごのような色にしたが、返ってきた答えはやはり想像通りのものだった。転子の手のひらがじわじわと熱くなってゆく。その熱は此方に伝導して、ついにはウチの頬にまで届いた。うまく言葉を使えず黙りこくっていると、転子は眉を下げながらウチをおそるおそる覗きこんでくる。「どうかしましたか」と赤い顔を引っ提げながら無遠慮に尋ねてくるが、さすがにわかるじゃろう、お主。お主もウチと同じ乙女ではないのか。そう恨み言をぶつけてやろうか思案したが、結局口をつぐんだ。言葉というものは魔法の何倍も扱いが難しく手に余る。転子は使い方はともかく好意を乗せた言葉を雨のようにこっちに降らせつづけるが、ウチはそういう表現方法はあまり得意ではなかった。しかし、代わりに我が才能というマジカルステッキは言葉以上の巨大な魔力を秘めている。超高校級の魔法使いであるウチでしかこやつにかけてやれない特別にして最強の魔法、それは笑顔と驚きだ。そうだ、ここから出て最初にすることなどもうとうに決まっているではないか。
かっかっか、となるたけ尊大にウチは笑う。転子は頭に疑問符を浮かべたが、ウチの満面の秘密子ちゃんスマイルを見て嬉しそうに顔を綻ばせた。その顔の中に見えるひと欠片の期待もこの目は見逃しはせん。そうじゃ転子、お主はこれからずっと、ウチの魔法に目を回して生きていくのじゃ。
「転子よ!ここを出たらまず、お主専用の最高のショーを開いてやろう!行くのはどこでもいいわい、地球すべてがウチのステージじゃ!」
「きゃーっ!夢野さん、どうしてそんなにカッコいいんですかっ!?」
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