育成計画時空
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学園祭の出し物の一角に立つ射的屋、そこで百田くんは模造ライフルを静かに肩に担いでいた。研ぎ澄まされたその目が密やかに狙いを定め、人差し指が静かに引き金を引く。銃弾(という名のただのBB弾)はかつん!と大袈裟に思えるくらいに大きな音を立て、景品は屋台の裏へと落ちていった。「あっ」と僕が小さく声をあげた瞬間、彼はくそ、と落胆したような声をあげて肩に担いでいたおもちゃのライフルを下ろす。どうやら狙いとは違う物を落としてしまったらしい。
大当たり!と渡された景品は他のものに比べて明らかに質の低い、百円均一で買ったような指輪だった。小さい子用にこういうのがよく売ってるよな、というくらいには「大当たり」とは思えない品物だ。もちろん百田くんはもう一回やるぞと店員に詰め寄ったけれど、一人一回だとすっぱり断られてしまっていた。二人でとぼとぼと学園の中庭を歩きながら、彼の手のひらで所在なさげ鎮座する指輪を眺める。やがて百田くんの視線がちらと僕に向き、なにやら嫌な予感を覚えた。その予感はきちんと的中する。
「よし、終一。これはオメーに託す」
「……いや、いらないかな」
「いいから持っとけ、お守りみてーなもんだ!」
言葉と同時に左手を掴まれる。まさかと思った瞬間、案の定百田くんは僕のどの指に指輪が入るかを一本ずつ試しはじめた。見た目だけでなくサイズも子供用ほどの指輪はもちろん人差し指には入らず、中指にも入らない。次に順当に薬指の先を輪が掠めるけれど、もしここに入ってしまってもどう反応すればいいのか?やや強ばる僕の体を知ってか知らずか、百田くんは指に指輪を押し込もうとし、思わずじっとそこに視線と意識が集中する。けれど、幸いなことにそれは第二関節のあたりでつっかえてしまった。僕が胸を撫で下ろしている間にも百田くんは今度は小指に輪を押し込み、なんとぴったり嵌まってしまったそれを見て満足気な笑みを浮かべる。
「お、いいんじゃねーか?」
「……そうかなあ」
太陽に手をかざしてみると、小指の周りに収まったそれはちかりと控えめに反射する。指輪なんて普段ろくに付けないからか違和感しか感じられなかった。申し訳ないけど、普段からこうして身につけるというのは遠慮したい。
「土星の環みてーだろ」
隣で百田くんがそう言って快活に笑う。みてーだろと言われても、と思わず苦笑を返してしまった。けれどそうやって模されてしまうと、ただの安っぽい指輪だったものもそれなりに意味を変えてしまうのだから不思議なものだ。メチャクチャだなあ、本当に。
「大事にしろよ」
うん、と返事をして手を下ろす。捨てられないものになることはこの時点ですでにわかっていた。学園を卒業して数年経った今でも指輪はまだ錆びていない。陽にかざすとよく光って、いつまで経っても眩しいままだ。


あとでネットで知ったことだけれど、土星の環と環の間には軌道を固定されて閉じ込められた衛星が存在するらしい。それは僕の中の何かに似ていると思った。きっとその何かは一生あの環から出てくることはないし、僕自身もそれでいいと思っている。ようやく現実味を帯びてきた会場中の拍手と喧騒と彼の笑顔に意識を向けながら、マイクの前に立ってぐしゃぐしゃの紙を広げた。がんばれよ、助手!なんて合いの手を大きな声で入れる新郎に会場のみんなが笑う。僕はまず大きく息を吸い込んだ。それから、用意してきた言葉の一文目を発する。
「百田くん、結婚おめでとう!」
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