ED後
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ある日の真夜中、目が覚めてしまった僕はそのままベッドから這い出すと春川さんの携帯へと着信を入れた。電話越しに聴こえてくる不機嫌そうな声に向かって「百田くんの夢を見た」と告げる。窓の外には満月が薄い雲に半分ほど隠されていて、目覚まし時計が控えめに月明かりに照らされていた。春川さんが短く呟いた相づちのような一言にうんと返事をして、次の言葉を切り出す。
「明日、どこか行こうか」

思考をまとめる時なぜかいつも脳内では左ハンドルの車を乗り回していたけど、さすがに現実では右ハンドルを運転している。しかもまだペーパードライバーだから僕の運転は慎重かつとても地味なものだ。助手席に乗った春川さんがシートベルトを締めたのを確認して、ゆっくりと車を発進させる。僕たちはしばらくの間なんの言葉も交わさなかった。ハンドルを切り車線を変え、高速道路に進んでいく。
「行き先は?」
周りの景色が壁と空だけになったとき、ようやく春川さんが僕にそう言った。実は行き先はまだ決めていない。今日は車を走らせることが目的のようなもので、どこに行くかということはもはや思考の外にあった。春川さんもそれを察してくれているようで、何も言わない僕に対してため息だけをそっとついている。苦笑しながらなだらかな道路のずっと先を見つめた。まだ昼時なので、等間隔に設置されている外灯はひとつもその役目を果たしていない。
「ちょっと不思議だよ」
「何が?」
「こうやって春川さんを助手席に乗せるなんてさ」
春川さんは返事をするわけでもなく、何もない窓の外をじっと眺めている。僕たちの会話は長くは続かない。それでも気まずいというわけでもなく、ここでラジオなんて掛けたらきっと「うるさい」と怒られてしまうと想像できるくらいには沈黙も苦痛じゃない。たまに上方に現れる看板で今いる場所を確認しながら、いろいろなことをふと考える。
百田くんがもしいなくなっていなかったら、きっと一番最初にこの車の助手席に乗っていたのは彼だったのだと思う。「助手がボスを真っ先に乗せるのは当たり前だ」とか「赤松を乗せるための予行演習に付き合ってやる」とかなんとか言いながら、むすっとした顔で後ろに乗っている春川さんにバックミラー越しで何かを語りかけている様が容易に想像できた。きっと騒がしくてめちゃくちゃなドライブになっていたと思う。忙しなくて危なくて、退屈なんて欠片もない刹那のような旅だったはずだ。絶え間なく続く両端の白線は静かに追い越されていく。春川さんが今どんな顔をしているのか確認しないまま、僕はそっと口を開いた。
「百田くんが夢の中で言ってたんだ。子供を作れって」
「出来るだけいっぱい作って、孫もひ孫もいっぱい増やして、オレの活躍を後世まで伝えていけ、だって」
春川さんはしばらく何も言わずに黙って前を向いていた。けれどやがて、ため息なのか漏れ出た笑いなのかわからない、小さな反応を僕に返してくれた。
「あいつ、夢でまでバカなんだね」
「はは」
かばう言葉がうまく思いつかなくて少し困った。看板が近くのサービスエリアを示しはじめる。僕と春川さんはまだしばらく走りつづけるだろう。いつか夜が来て外灯に明かりがつきだした頃、ようやくここから下りるのかもしれない。下りた道の先ではきっと彼の残影がこっちに手を振っているのだろうなと、それだけはたぶん僕も春川さんもわかっていた。
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