ベンチに座ってキーボくんと話をしていると、どこからかやってきた蜻蛉がキーボくんの肩にとまった。まるであるべきところに収まるようにとまったので、僕もキーボくんも呆気にとられながらしばらくじっと蜻蛉を見つめてしまった。蜻蛉はキーボくんの肩越しに見える夕焼けと同じ色をしている。
「……物か何かと思われているんでしょうか?」
ふとキーボくんが沈黙を裂いてそう切り出した。悲しそうに沈んだ声があたりに響く。え、と短く声をひきつらせてしまった僕に対し、彼は蜻蛉を見やりながら言葉を続けた。
「ボクを生き物と思っているなら、もっと警戒するでしょうし。ボクから生命は感じられないということなんでしょうか」
キーボくんの横顔は静かで、けれど感情ははっきりとそこに現れていたし、何より自分の肩にある生命を見据える彼の視線はとても饒舌だった。ちょうど夕日がキーボくんの背中のあたりで光を漏らしながら眩しく沈みかけている。僕は言葉を逡巡し、その間ずっとキーボくんのことを見ていた。そして見つめれば見つめるほど、彼の確かな生命をはっきりと実感した。
「きっとキーボくんの肩が安心するんだよ」
「最原クン、気なんて遣わなくていいですよ」
「そんなのじゃなくて、これは本音だよ。だって僕もキーボくんが隣にいるとなんだか安心っていうか、暖かい気持ちになれるから。そんな風に思わせてくれるキーボくんを誰も物だなんて感じたりしてないよ」
キーボくんはゆっくりと僕のほうに顔を向けて、長い間、じっと僕の目を見つめた。それは何かを記憶するための作業のようでもあったし、何の意味もない感傷だけの時間のようにも思えた。本当の答えはキーボくんにしか分からない、分かり得ない。そういうことすら瑞々しい生命の輝きだと彼は気づいてくれているだろうか。
キーボくんは緩慢に、最原クン、と僕を呼ぶ。僕は「うん」と返事をした。
「ボクはやっぱり、キミの事を介護したいです」
「え?」
予想外の言葉につい疑問符を返してしまう。そういえばこの前ロボットビジネスの話で介護の事を言っていたけれど、確かあれは介助の時にキーボくんの腰が耐えられなくて泣く泣く断念したはずだ。というか、何故今その話なのか。不思議そうな僕を見てキーボくんは口端を小さく歪めて笑ってみせた。
「ボクが介護向きのロボットではないということは証明済みです。ですがボクはこれからもキミとこの生命を歩ませていきたいですし、キミの命の終着を見届けたい」
「飯田橋博士とキミはボクに生命を与えてくれました。ですから飯田橋博士にもキミにも、最期が来たその時に感謝の言葉を伝えたいんです。そのためにボクは、終わりまで二人の傍にいたいです」
すべて言い終わり、キーボくんの口が閉じる。それは言ってしまえば告白で、いや、それよりもずっと丁寧な、整然とした電子基盤のような言葉達だった。キーボくんの性格や生き方から構成されたキーボくんだけの美しさがそこには確かに含まれている。とても純粋に、すごいな、と思った。
「よろしくね、キーボくん」
彼は頷いて、傍らの蜻蛉に目を戻す。キーボくんの装甲が夕陽に照らされて濃く橙に染まっていて、もうすぐ完全に陽が落ちてしまうことを知らせてくれていた。
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