育成計画時空
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「じゃーね、百田ちゃん」
三年間厄介で面倒で理解不能だと思いつづけていたクラスメイトは、そんなたった一言だけをこっちに寄越して今目の前から去ろうとしていた。「卒業」をそのまま形に落とし込んだような例の黒い丸筒をひらひらと揺らしながら王馬はオレに踵を返そうとする。三年だ。三年、こいつの嘘に付き合わされてきた。やたらと終一にちょっかいを掛けてくるこいつを追い払おうとするたび嘘に惑わされて、捕まえようとすればするりと脇をすり抜けていく。そんなことを三年も繰り返してきたわけだ。信頼ってもんの存在を欠片も信じていないこいつにイラつくことも勿論多かったし、向こうもオレを好いちゃいなかった。そんな絶海の孤島みたいな関係の中で近頃ようやく取りつく島が見え始めて、三年っつうのも伊達じゃねえと思えてきた頃にオレ達は卒業する。ここで別れちまえば二度とこいつに会わない可能性もあるにはある。終業式直前の夜にした会話を思い出しながら去っていくその背中を見つめているうち焦れは加速して、気がつけばオレは何故か王馬を呼び止めてしまっていた。砂利を鳴らす足が止まり、でけー目がオレに振り返る。
「何?」
その目に映る感情は鈍いもんだった。いつもみたいな好奇心も意地の悪さも貼りつけられちゃいない。ただでさえ何を言おうか考える前に声をかけちまったのに、そんな目を見たおかげでさらに言葉を詰まらせる羽目になった。あー、と所在ないうめきで時間を埋めて、それでもこいつが言葉を待っていることを意外に思いながら、なんとか一言を捻り出す。
「同窓会とか、オメー、ちゃんと来いよ」
言ってしまった後に、この学校にも同窓会はあるのかと疑問に思った。王馬はきょとんとした顔でオレを見ている。どういう表情をして王馬を見ていたらいいのかイマイチ掴めねー時間が流れて、手持ち無沙汰に道の脇の桜を眺めていた。まだ咲きかけのものも多くて蕾が多く目立っている。この百田解斗が卒業するっつうのに満開じゃねえとはなかなかいい度胸だな、なんてことを考えていると、急に王馬が勢いよく吹き出した。
「アハハ、行くわけないじゃん!オレ、これから悪の総統として動くんだよ?わざわざ身元の知れてる奴らのとこに顔出すなんてマヌケなことしないって!百田ちゃんはホントにバカだなあ」
「うるせぇ!バカって言うな!」
「ていうか、卒業してもオレに会いたいの?そんなにオレのこと好きだったんだ百田ちゃん。知らなかったなー」
にしし、と王馬はいつものように楽しげに笑いやがる。こんな時すら面倒で掴み所のない奴だ。感傷っつう言葉はきっとこいつの辞書には載っていない。
「まあそんなにまたオレに会いたいなら、必死でオレのこと探してみなよ。最原ちゃんに頼めば見つけてくれるかも知れないよ?」
「あぁ?終一には頼まねえよ。もし探すときはオレ自身でテメーを見つけてやる」
助手に依頼するボスなんて格好がつかねぇからな。拳を突き出しながらそう言うと、王馬はまた目を丸くしてオレを見た。と思えばすぐに表情を普段通りの微笑に戻し、頭の後ろで手を組んでオレに背中を向ける。
「ふうん、それはすごいね。まあ百田ちゃんは最原ちゃんの次にしつこいからなあ」
と、王馬が言い終わる瞬間にちょうど強い風が吹いて、咲いたばかりの桜が何枚も強風に舞って散らされていった。吹雪のような桃色に王馬の後ろ姿が隠される。春一番にしてはやけに早い。そんなことを考えていたとき、オレはその一言を確かに耳で拾い上げた。
「信じてるよ、百田ちゃん」
最初は聞き間違いかと思ったが鼓膜は確実に揺れていた。桜が王馬を解放するのを待つ。やがて風が止んだ頃に王馬はオレに振り返る。いつも以上に喜色満面を大きく作って、王馬はいつもどおりオレにこう発した。
「嘘だよ!」
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