「うわあ、見てよ百田ちゃん。地球ってあんなに青いんだね」
オレに振り返りながらきゃんきゃんとほざく王馬の目はいつも通り子供じみていて、キラキラと宝石みたいに光っていやがった。と、こいつを綺麗なものに形容してしまうのはあまりにも癪なものだが。その見せかけだけの無邪気な光はどうにもオレには馴染まない。考え込んでいる間にも「ねえ百田ちゃん聞いてる?」と王馬はオレに話しかけてくるので、聞いてるよと投げやりに返事を寄越した。そうしたら目を細めて面白いですよとでも言いたげに笑いやがる。
「にしし、百田ちゃんはホントに嘘が下手だねぇ。嘘は上手いほうが得だし楽しいよ?」
「テメーと同じ価値観持ってねえんだよオレは」
「ふうん。つまんないなあ」
スイッチを押したみたいにさっきまでの笑顔を真顔に切り替え、王馬はまた窓の外に目を向ける。その目の先にあるのは広大な宇宙で、遠くには地球がぽつりと浮いていた。今オレ達が押し込められているのは無機質で狭苦しい宇宙船だ。オレは王馬と二人で宇宙旅行をさせられている。この状況に経緯と言えるほどの経緯はなかった。起きたらいきなりふん縛られて目隠しされたままどこかに運ばれて、耳をつんざく強烈なジェット音の後ようやく目隠しを取られたと思えば目の前に王馬。それくらいの状況把握しかオレ本人にも出来ていなかった。
「せっかく百田ちゃんが喜ぶと思って連れてきたのに、つれないよね」
トーンの落ちた声がオレに刺さり、何もしちゃいないのにばつの悪い気分にさせられる。しかしすぐにこれも嘘っぱちだと思い直し大きくかぶりを振った。この程度で騙されてやれるほどこいつのことを知らないわけじゃない。振り向かないことを分かりながら、あのな、としょぼくれたその背中に声をかけた。
「オレを喜ばせたいにしちゃあ詰めが甘すぎやしねえか?こんなハリボテの宇宙でこの百田解斗が満足すると思ったのかよ」
「ハリボテ?へんなこと言うなあ百田ちゃんは」
「ここは宇宙船に似せた偽の乗り物だな。あと、外の宇宙はただ窓に絵を貼ってあるだけだろ?素人にしちゃよく描けてるが星の位置がちぐはぐなんだよ。ほら、そことかな」
ちょうど王馬が眺めている辺りの外の藍色を指差す。本当に些細な違いだが、命懸けで宇宙を志しているオレにとってみれば如実な違いかつ大きな証拠だった。ここは宇宙じゃない。オレはまだ自分の新たなフィールドに足を踏み入れられちゃいないのだ。
王馬はしばらくの間黙りこくっていたが、やがて操られた人形みたいに唐突にこっちに振り返った。その顔は喜色満面で気色が悪い。
「もう分かっちゃったんだ。ほんとつまんないなあ百田ちゃん」
ずっと騙されたままだったらここは確かに百田ちゃんにとって宇宙だったのに、と王馬は続ける。お門違いも甚だしくて笑いそうになった。嘘のゴールに何の意味がある。オレは大気圏を突っ切って空の先で一番になる、それを可能に出来る男だ。嘘っぱちで満足できるほど暇でも無力でも、大人でもない。
「でもさ、宇宙なんてなんにもないよ?行っても退屈なだけなんじゃないかなあ。絶対面白くないって」
「それはオレがこの目で見て決めることだ。テメーが決めることじゃねえ」
王馬はにこにこと笑顔を保ったまましばらくの間オレを見つめて、オレも目を逸らさずに王馬を見ていた。テメーなんかが宇宙を語るな、と言葉でも拳でもなく視線で語る。王馬の感情はよく捉えられなかったが、表面上はやっぱり楽しんでいるように見えた。三日月型に歪んだ口元が、じゃあさ、とオレに囁きかける。
「百田ちゃんがほんとに宇宙に行くときはオレも連れてってよ」
「……は?連れてくわけねえだろ」
「でも、絶対つまらなくはならないよ」
王馬の目に感情が見え隠れしだす。好奇心と嘲り、期待と軽蔑、その他すべてがそこにはあった。一瞬、ほんの一瞬だが、そこに宇宙を見出だしかけてしまう。彗星が王馬の網膜を横切ったような錯覚を覚えた。かぶりを振ってまた向き直ると星はもう過ぎ去って、また青空のように空っぽな無感情が瞳に映っている。確かに、嫌でも退屈はできない。そりゃあそうだとは思った。何光年の距離を共に歩いてみようとこいつはいつまでも変わらずオレに馴染まないんだろう。それはつまり、飽きなど来ないってことと同等だ。
「さて百田ちゃん、もうちょっと遊んでいこうか!最原ちゃんと春川ちゃんには悪いけど今百田ちゃんはオレのものだからね。まだまだ嘘をつくから、いっぱい付き合ってよ」
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